オート・ルート第4日目

user-pic
0

SN33HR4_1.JPG 【4月8日 曇り・風あり】

 Cabane des Dix 2925m(ディス小屋)――Pigne d'Arolla 3796m(ピンダ・ローラ)――Glacier de Tsena Refien――Cabane des Vignettes 3158m(ヴィネット小屋)

 標高差登り900m 標高差下り715m 行動時間6h

SN33HR4_2.JPG 昨日の天気予報では、今日は天気がくずれるという事だったので、風雪の中Pigne d-Arolla 3790mピンタ・ローラの登頂ができさえすれば御の字だと思っていた。しかし、朝起きたらそれ程悪くない。うぅ?ん、今日もいけるぞ!小屋から少し下った後シール、クトーをつけて登り始める。高度を上げていくに従って右手にはモンブラン・デゥ・シャイヨンの北壁の傾斜がよく見えてくる。一番切り立っているところでもせいぜい60度くらいだとサラっと和也が言う。彼はチーム撮影のためにフィリップに許可を得て早足で100mほど先行することが度々あるのだが、どんな斜面でもまるで平地を走っているように動作が軽やかで目を見張る。タカヨ曰く、まさに『野猿のような男』である。彼の秘めているエネルギーは底知れないことを日に日に実感していった私である。

SN33HR4_3.JPG 頂上に近づくにつれて風が強くなって来たのでサングランスからゴーグルに取り替える。クレバスの横の急斜面は大事をとってスキーのままアンザイレンして登る。3400m付近を越えたあたりからトシの速度が急に落ちてくる。コンバージョンのたびに時間を取っているのでその度にチーム全体が停止する。白い雲が湧き上がりピンダ・ローラのピークが見えたり隠れたりしている。

 フィリップが天気の急変を心配して先を急いでいるのがわかる。ザイルで繋がっているすぐ後ろのトシをぐいぐい引っぱる。次の瞬間、引っぱりすぎて、トシがどってんコロリとこけてしまった。その後、ザイルを外したが、トシは怒ってガイドの前を1人ですたすた登り始めたが、危険な箇所はなくガイドも彼をそのまま行かせた。タラタラと続く頂上への斜面を小一時間ほど登ったであろうか。3970mのピークからは4000m峰が雲の合間から見え隠れしている状態で、その奥にはマッターホルンの尖った角もしっかり見ることができた。個人的な事ながら、本日4月8日はわたしの愛媛の実家あたりでは薬師如来の花祭りで、甥っ子が小学校一年生の入学式のはずである。カズヤにお願いしてビデオにコメント入れさせてもらった・・・・『たかくん、入学おめでとう!』

 さて、ピンタ・ローラに登頂したらあとは今晩の小屋まで下るだけである。動きの早い白い雲のなかから浮き上がるように頭を見せる数々の名峰を眼前に滑るスキーは、この上なくゴージャス!!雪のコンディションもよく、皆各々、存分にすべりをエンジョイした。この斜面からの景色は今でもわたしの目に焼きついているほど神秘的な美しさがあった。

 下るにつれてヴィニエット小屋がはっきり見えてきた。なんとも、すごい!3160mの岩稜の上に張り付くようにして建っているのである。今日も、昼ごろには小屋についてしまったのでランチはいつものように小屋でジャガイモにベーコンと目玉焼きがのっているカロリーたっぷりのルシュティーを注文して皆で別けて食べる。ものすごいボリュームなので、日本人の私達には3人分を6人で別けてちょうどよい分量である。午後は食堂で行程を地図で調べたり、昼寝をする者もいたりでのんびり過ごすのだが、今日はトシのグランドジョラスを目指していた先鋭クライマー時代の話や、新田次郎の小説にもなった谷川岳の遭難救助の大手柄の話をしてもらう。69歳の今でさえエネルギーが体からほとばしっているような人だけに、若い頃は想像を絶するような馬力があったことが伺える・・・。

SN33HR4_4.JPG 夕食はだいたいどこの小屋でも6時半ころで、またしっかり食べる。主食は肉が多く、付け合わせでライスが出たり、パスタが出たりする。普段家ではたべないデザートまで出てくるのでこの一週間で私は太ってしまった。今日あたりからアランの顔が少しむくんできたので水分をもっと取るように勧める。私が半日の行動中約1リットル飲んでいるのに対して、アランのキャメルバックの水はぜんぜん減っていないのである。もちろん、小屋についてからも高山に順応する為に水分は十分とる必要があるし、おしっこと一緒に体にたまる老廃物をどんどん排出する事が重要である。これはヒマヤラで高所登山をした者なら誰でも身をもって体験学習することで、カズヤも、タカヨやアランにしっかり水分を取るよう奨励していた。

 トシは、独り放っておいてもどんどん積極的に他の外人チームのテーブルへ行き片言の英語で楽しくビールを飲んで交流を深めている。この頃までには、我がチームの結束はかなり固まり、各人の気心も知れて夕食の時など皆ではなしが盛り上がり大笑いの連続で、わたしは笑いすぎで喉が痛くなりのど飴をなめて寝たほどだった。『あ?、こんなに笑ったのはいつぶりだろう・・・・』

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://kenhai2100.com/cp-bin/mt/mt-tb.cgi/292

コメントする