(5月13日)金 晴れ
サンタフエ発7時、今日はあこがれのモニュメントバレーだ。何度も行き損ねていただけに、この旅の核心部分である。ガソリンスタンドがないというのでガス欠に注意する。
それにしても海抜2000mのサンタフェの朝は寒い、勇んで出発したが立ちどころに道にまよう。これ幸いと、3000mの春の雪の峠を越えて本物の田舎を走る。ロッキー山脈の南端を越えていることになるが、方向さえ間違っていなければ陸続きだ。どこかへは必ず着く。それにしても美しい。まるでスイスの田舎のような錯覚に陥る。森も、草原も、牧場も春にやっとなったかのように、全てがみずみずしいのだ。あの荒涼とした砂漠は何処へ行った。道端に残雪があり、遠くに4000m級の山が見え隠れする。むろん人間も、人家も見当たらない。すれ違う車も、この先は行き止まりかと心配になるくらい少ない。この旅の形が生んだ偶然の贈り物である。こんな道は、探しても見つからないだろう。
昼は日本にもあるという地下鉄みたいな名前の店のサンドイッチを車中で食べる。フォーコーナーズは見事に何もない。赤道を歩いて渡るようなものだ。入場料一人3ドルを払って、そこに立つ。コロラド、ニューメキシコ、ユタ、アリゾナの州境である。コーナーを囲んでいる先住民の土産屋は小気味よい日陰で昼寝している。乾いた風が星条旗と、ナバホ族の旗を時たま揺らし、真昼のアメリカの陽光にある。ここに集い、なにもないことを確認して人は記念写真を撮り又散らばってそれぞれの旅に出る。なんだかこのどうでもいいようなこの時間と空間こそがとても貴重に思えてくる。
徐々にモニュメントバレーの様相。台地は赤茶けて、メキシカンハット等と云う奇岩が見える。遠くには、名もないが見るからに不思議な岩の尖塔が見家隠れする。道はまん真ん中をただ一本。どうだこの風景は。映画の一場面そのものである。
この近くは、先住民の居留地であるが、それがはっきりとわかるほど、周辺の町とのいかんともなしがたい落差がある。砂漠の僅かばかりの草の中に、ちっぽけなペンキの剥げた貧しい家がひっそりと強い太陽に焙られて地に伏している。あんなところで自分がもし生を受けたらどんな人生を送るのかと思う。車は何事もなく名もない古い集落を生ぬるい風と共に後にしていく。
今日のホテルは一人2ドル払うモニメントバレー公園の中の高台にある。ナバホ族が運営する特別な施設で、せめてこのホテルのベランダからの景観を見ようと、ここだけに来る人も多い。そこからこの不思議な地球の造形の全てが見渡せるからだ。
落日は、ゆっくりと地平線に消えていく。その間、奇岩が赤い夕日を浴びて屹立している光景は、うるさい観光客さえ完全に鎮まる。荘厳な大地の讃歌に青白い中天の月と冷ややかな風が呼応する。やがて、地上は闇が押し寄せ、尖塔の先だけが紫の夕暮れを惜しんでいる。3階の部屋のベランダから見るこの音もない光景こそ少年時代の「駅馬車」、「黄色いリボン」等のジョンフオード監督の西部劇の風景だ。 世界でも有数な景色を誇るホテルは静かで、素晴らしい環境にある。ナバホ族の管理するこの地では、アルコールは一切禁止だ。過去のアルコールによる先祖の忌まわしい歴史を反映しているに違いない。いいホテルで今日は寝るのがもったいない。
MONUMENTVALLEY ザ ビューホテル 10300円/人
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