例外会 ニュージーランド・トレッキング第1日、第2日('02.12.20--21) 成田発、オークランド経由クイーンズタウンまで

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NZ_01.JPG (記録担当 才美)

【第1日】2002年12月20日(金)

  • 成田18:30発 ニュージーランド航空 NZ090便にてオークランドへ

 

【第2日】2002年12月21日(土)

  • オークランド着8:30 ニュージーランド入国
  • オークランド(12:50発)――クライストチャーチ(14:10着)
  • クライストチャーチ(14:50発)――クイーズタウン(15:40着)

 入国に際し荷物の厳重チェックあり 自国の自然保護のためか食品と登山靴は特に厳しくチェックされた。登山靴底の付着物については出国前の説明会で聞いてはいたものの全員念入りに調べられた。だが孝儀さん曰く、「ブランド・ニューと言えばフリーパスだよ」

 空港ロビーに巨大なクリスマスツリーが飾られていた。ツリーのてっぺんでサングラス、海パン姿のサンタクロースがサーフィンをしているのだ。夏のクリスマスにやってきた!

 国内線に乗り継ぎ 現地係員の出迎えを受け乗り継ぎの手続きをしてもらう。とても楽である。

 オークランド発、NZ527便でクライストチャーチへ。ここで国内線を乗り継いで、NZ643便でクイーズタウンに到着。

 ここで今回のツアーガイドの小暮さんの出迎えを受ける。勝巳さん、和夫さんと再会の挨拶を交わす。

 クイーンズタウン空港は運動場? 広場? と思わせる程のこじんまりとした空港だ。睡眠不足の目に明るい日差しがまぶしい。南半球の夏にやってきたと実感する。茶色の山肌を濃黄色の花が埋めている。車はあまり見当たらない。それでもクリスマス休暇中とあって普段よりは多いのだそうだ。クイーンズタウンはリゾート地らしくホテルやマンションなど街中に花々が溢れている。青く静まり返る湖を挟んで両岸の斜面に色とりどりの家がのぞめる。

 空港からバスで10分程で今日の宿泊のガーデンパーク・ロイヤルホテルに到着。見事なバラの花にかこまれた比較的大きな、ワカティプ湖畔のホテルだ。街の中心地にも近い。あたりは実に静かだ。すぐ裏にはクイーンズタウンパークがあり、ここも花で溢れている。見たことも無い南国特有の大きな木も植えられ街の人のアスレチックフィールドにもなっている。

 各部屋に分かれ荷をほどいてからミルホードトラックガイデットウォークのオフィスに行き、コースのガイダンスを受ける。我々のほかに日本人のご夫婦もご一緒。

 ビデオによるコースの説明、装備についてである。

  • スリーピングシーツとザックの内側に雨で濡れないようにするための大きなビニール袋を渡される。アルペンがわから紺のフリースをプレゼントされる。
  • 今年の天候はまったく予測がつかない。夏とはいえ晴れから雨、雪と急変することもあり 温度の変化には注意が必要である。
  • 優れものとしてポリプロピレン製の上下衣と防寒のための帽子を薦められる。殆んどの人が購入した。行程中とても役に立った。
  • サンドフライ防虫クリーム、サングラス、日焼け止めクリームの必携などが説明された。

 ミルホード・トラックは全長33.5マイル(55キロメートル)の行程を4泊で歩きつづけるコースで、世界の散歩道とも言われ非常に人気のあるトレッキングコースである。道は氷河で削られてできた谷を辿り、苔で覆われた鬱蒼とした森を歩き、標高1,073メートルのマッキノン峠を越えタズマン海に接するサンドフライ・ポイントまでである。この国立公園は1日の入山者は専用のガイドつきのトレッカーと個人トレッカーとに別れていて、それぞれ約50人の入山が認められ、宿泊のロッジも異なる。

 我々はガイドつきのロッジであるが、これが実に快適でつい日本の山小屋と比較してしまう。設備が整っている。シャワー、水洗トイレ、乾燥室、洗濯機、清潔なベッド、ホテルのような個室(我々は2段ベッド,男女別の部屋)広いダイニング、食堂、食事のメニューの豊かさ、等々、山道はよく整備されていて自然保護や観光事業にいかに力を注いでいるかが感じられる。道標は殆ど無い。出発から終着地点のサンドフライまでのマイル標識のみが立てられている。途中、トイレ、休憩場所も適切な地点にある。側溝が掘られ、道に雨水がたまるの防いでいる。自然の生物には何も手を加えていない自然のあるがままの姿のように見えるがよく観察すると細かな配慮が感じられる。この国の力が綿羊、酪農のほかは生産性に非常に乏しいと言われている現状が垣間見られた。徹底した自然保護というのはこういうことでもあるのだと。

 夕食はホテルで。 メインディッシュはチキンまたはビーフからチョイス。小暮氏の選んだ赤ワインがとても風味があり皆ご満悦。以降このグループは毎晩ワインやビールを飲み続け、アルコール委員会が設置されるにおよび、"乾杯2100"と改名されるに至るのであった。委員長は一朗さん、委員は孝儀さん。

 ゆうやみが湖を覆い始めてから暗くなるまで随分と時がたった。暮れるのが遅い。朝も明けるのが早いと言うことである。10時頃に夕食は終わった。

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このブログ記事について

このページは、akirafが2003年1月 6日 17:17に書いたブログ記事です。

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