信濃の展望の春山と行き止まりの温泉。国宝古刹、信州の鎌倉塩田平。脩那羅峠石仏群。荒天で計画中止数度。執念の山域。2日間他の登山者に合わず。
「故郷は遠くにありて想うもの」である。巨大なビルが建ち、商店街の近代的なアーケードが続き、裏路地に入っても思い出すところは何もない。僅かに嫌な思い出がある教会の建物があるばかりだ。確かにここは私の育ったところなのだが。遊び場だった闇市もなく、雨上がりに水澄ましの池が出来る未舗装の道路もなく、木造の校舎もない。幼いころの友の家もない。どこに行ったのだろう。昔、荒川の遥か対岸に何があるのだろうかと夢を膨らませた川口の煙突も今では空が一杯に広がる整備された河川敷のかなたに高層マンションが連立している。吉永小百合のキューポラのある町だったとは想像もつかない。
三貴也、美奈子、孝儀、多摩江、洋子、善右衛門、恵美子、美保、勝巳、才美、伊久枝、邦子、憲治、貞子、昭二、茂、きみ子、吉生、博子、幸子
当日の担当リーダー;総会(勝巳)、宴会(孝儀)、山行(憲治)、
会計(貞子、才美)、
日時:2011年11月3日(木)曇り。暖か。
(記録:幸子)
天気がよさそうなので、突然の計画、暇そうな人に声をかけて弁当と水筒の4人が参加。いつも、山は「平日ばかり」なので休日は調子が違う。若い人がほとんどで、老隊は追い抜かれるばかり。
(記録: 善右衛門)
第1日目 平成23年10月18日(火)晴れ
八王子発8時34分スーパあずさ5号に乗車、茅野駅10時6分到着。夏沢鉱泉の送迎車にて八ヶ岳中央登山口秘湯の夏沢鉱泉へ所要時間約1時間。宿の主人の話では茅野駅の海抜が800m・夏沢鉱泉の海抜が2000m,高低差1200m、渓谷の急坂道は何か所も危険なところがあった。最盛期の紅葉は過ぎていたが非常に雄大な景色に見惚れて楽しい1時間であった。
(記録担当 勝巳)
ともかく、大したものである。70歳平均の13名の集団が一糸乱れず行動し、少しの事故もなく、行程を消化してみんながそれなりに満足できたことは、誇れる事だ。おそらく、他の同種集団には不可能だろう。
午前6時30分、二俣川農協裏、参加者9名が2台の車に分乗して出発。
天気は快晴、予想最高気温は12度。川崎からアクアラインに乗り、東京湾を渡って7時5分にはもう木更津、あっという間に神奈川県から千葉県に移動。
その人は、温かい冬日の中で筵に水仙の束を広げ始めた、私達がちょうど山を下り小さな広場に辿りついたときだ。この道は、嵯峨山に登山する人以外、通る人とてなく、もし、私達が通らなかったら一日中、ここで日向に座って水仙を買う客を待つつもりの長閑な老人だ。
閑散とした猿橋駅に計10名の老々男女の元気な姿が集合した。山に囲まれて特に冷え込みが厳しく感ぜられるが、清々しい空気を体一杯に吸い込み、勝巳さんをリーダーとして8時30分出発した。道の植え込みや畑に残る野菜にうっすらとかかる霜や、行く道の所々に残る雪が、さすがに今冬は常な寒さだと実感した。
参加者16名のうち登山組12名、バス組4名。
湯河原駅に登山組12名が8時40分に集合、新年の挨拶の後、3台のタクシーに分乗して幕山公園事務所前で下車。忘れもので後発になったリーダーがやがて到着。
健ハイ2100の会は単なる山登りの会ではありません。
肉体だけでなく、広い意味での健康な生活を目的とし、そのために登山という手段を使い、精神的・社会的にも健康の維持・向上を求める会です。
快晴の朝、予定よりも早い9時には中山駅の集合場所に全員集合!!
急遽バスには乗らずに通勤者の多い商店街を通り抜け、広い幹線道路を鴨居方面に歩くこと15分、雪印チーズ工場に到着、入門許可を受け見学者受入れ施設「チーズハウス」へ。
曇天ながら、雨は心配なしという天気予報を信じて、忘年山行「大山南稜」に参加。参加者は男女5名づつの10名、小田急秦野駅に8;00に集合。タクシー3台に分乗し、小蓑毛の横畑地区まで行く。料金は1台約2100円。
0930 東西線門前仲町駅不動前出口に16名全員集合。リーダー吉生さんの挨拶と説明の後、早速歩き始める。お不動さんの境内を横切り富岡八幡宮についたところで小生に記録係が指名された。
【第1日】11月17日(水)曇り
今年最後の山行、ちょうど紅葉も見ごろになっているだろうと期待に胸を膨らませて参加する。埼玉、山梨、東京の1都2県にまたがり、日本百名山の一つで東京の最高峰でもある雲取山に登れると思うと、なんとも気持ちが高ぶってくる。
ともかく静かな不遇の山。結構アップダウンがあり低山と侮れない(安全上、当初計画の矢平山(やでえらさん)は今回と切り離し別途計画する)。
今日の参加者は16名。4台の車に分乗し、みな久しぶりの再会に話をはずませながら6時25分二俣川農協裏を出発。東名瀬田より中央道調布IC~談合坂PAでの休憩をはさみ、甲府南ICで高速を降りる。
集合場所の中央高速道「談合SA」を出てから、笹子の集落を通り抜けて道証地蔵に着いた。そこには森林工事用の車がUターンをするという空間があって、車を停めて身支度をするには格好の場所であった。
今回の旅は
- 国道を避けて、生活道路を走ること
- 宿泊先はあらかじめ予約しないこと
- 宿泊は寂れた町の温泉民宿とすること
- 食事も出来ないこともありうること などワイルドな基本方針のもとでの旅であり賛同者は変人暇人と云う限られたもの達であった。
9時湘南台駅集合。神奈中バス?番乗り場より、慶応大学行きに乗り終点で降車。歩き始めてすぐに無人農産品売り場があり、魅力に逆らえずクリ、ミカン等を購入する。10分ほど歩くと小出川に架かる大黒橋に到着。「花とせせらぎの道」を川沿いに歩き始める。
(企画担当 勝巳)
第2案の特徴
- レンカー使用せず。登山口までタクシー利用。(30分短縮)
- 外海府に行かないで登山に集中(5,6月のカンゾウの花の季節に再訪)
- 宿泊を2日から1日に変更(両津港付近の立派な温泉宿)
- 船は行き帰り共にフエリーを使用(船酔い防止)
- 縦走の行程が3時間短縮され7時間程度となる(一般向きコース)
「西吾妻山」は吾妻連峰の最高峰。福島と山形の県境。リフトを使えば湿原の高原に2時間で達する。ついでに、名前は怖い「猫魔ヶ岳」の美しい山に登る。温泉泊。との計画だったが、台風の接近、前線の影響で9月7日は「大雨、洪水警報」が出て登山どころか、帰りの道が閉鎖されかねない状況が予想され急遽登山はやめて、桧原湖畔の散策路を。かろうじて、6日に猫魔ヶ岳には登ったが、夏疲れを回復するための良い温泉に入って軽くハイキングというところ。
(企画担当 勝巳)
計画は変更が出ますので注意してください。後日、詳細計画をブログ掲載します。
2010年8月26日
(リーダー 勝巳)
白山、鳥海、剣、月山、岩木山も海上の山である。太平洋沿岸にすむ者は、北に壁のごとく立ちはだかる山ととらえるが、実は、海上に浮かび出る山でもある。また、信仰の対象として、古来、尊ばれ、敬われ、どこの山頂にも社が祭られ、弥陀ヶ原には仏や、神がおわすと信じられてきた。
(記録担当 昭)
集合予定時刻には参加者全員が揃い、「MAXとき307号」は定刻7時48分に出発。長いトンネルを抜けて1時間半もかからず越後湯澤駅に到着、接続する特急「はくたか4号」に乗り継ぎ、ほくほく線・北陸本線経由で富山駅に11時22分到着。跨線橋の上から今夜の宿「アパ・ホテル」の所在を確かめると、右手線路の北側にそれらしき看板を見つけ、裏口から改札を出る。
さすがは健ハイのベテランメンバー。まさにパンクチュァルに当日参加の6名は秦野駅改札前に午前7時集合。リーダーの指示で雨具下とザックカバーを付けて、タクシー2台に分乗、出発点ヤビツ峠に向かう。
天候:曇り
松戸市の北小金駅改札口に9時半に集合し、0.8km先の本土寺に向かう。商店街の中を通り抜け500m進んだ所に、「長谷山本土寺」と刻まれた石門があり参道に入る。両側には、水戸光圀が寄進したと云われる松や杉の老木が茂る。正面に朱塗りの山門・仁王門が見えてくる。仁王門を抜けたところから本土寺境内に入る。木の間越しに台上の本堂が見え、城域一万坪の起伏に富んだ地形と大小の木々、紫陽花が織りなす景色は心を打つ。
高山の花畑のみを徹底的に追及。探し求めて行き着く先にこの山がある。ともかく本物の花畑に出会える。山塊を異にする連続した2山の登山計画。歩かない人も、なんとか花畑までは。
(記録担当 才美)
これから大きな夏山が控えているのに、最近山行が少なく体がなまっているとの声にこたえて急遽有志を募り、慣れ親しんでいる明神が岳への挑戦。とはいっても、この暑さだからもっとも簡単な矢佐芝コースにする。
久しぶりにお天気の心配をしないで、予定通り7時29分 八王子発の特急スーパーあずさに9名全員乗り込む。一時間足らずの乗車だが、車窓からは新緑というよりはむしろもう青葉若葉で、田植えの終わったばかりの田圃が清々しい。
天候:曇り
毎年この僅かな時期にしか見られない檜洞丸のシロヤシオを是非見に行きたいという紘正さんの提案で、有志4名がいつもより早出をして西丹沢に向かった。足は紘正さんの車をお願いし、海老名駅前から伊久枝さんと幸子さん、新松田駅前から私が同乗させて頂いた。
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