【1日目】2010年4月8日(晴れ)
(記録担当 美奈子)
お花見を兼ねて、諏訪大社 御柱祭「木落し」を見学に行く日が近づくと、気象情報に一喜一憂し、紘正さんがご苦労し確保してくださった観覧席の様子がわからないので、どの様な防寒対策したらよいか迷いながらの旅支度でした。当日は前日とは違い晴れ間がのぞき寒くもなく良い旅日和となりました。
(記録担当 勝巳)
(山行時の情報にお役立てください)
(記録担当 勝巳)
(山行時の情報にお役立てください)
(記録担当 勝巳)
(山行時の情報にお役立てください)
(概要記録担当 リーダー勝巳)
高齢者の登山は安全第一。今回はその理想的な山行であった。長期的な山行としては卒業山行的な意味合いもあり記念になった。
【第1日目】7月23日(水)徒歩4時間
八王子より「あずさ」→「しなの」と乗継、木曾福島駅10時40分発御嶽ロープウェイ行きバスは町、御嶽大神、川、渓谷を越え霊峰ライン(古い地図では白崩林道)へ。
女性4人小雨のトレーニング山行いってきました。健ハイ御用達コースは雨、小雨、霧、にはもってこいのコースではあったがやはり雨具着用なので皆髪から汗の滴がポタポタ。
ともかくなんと運の良い山だったことか。家に帰って門を開けたら雨が降り始める、帰り大月駅から偶然にもグリーン車並みの快速ホリデーがガラガラですぐ来て、乗り換えなしで八王子へ。朝は谷村駅でタクシーを呼ぼうとしたら5人乗りの空車が目の前に現れた。それにすべての行動が判で押したように時間通り。今倉山も、二十六夜山も秒単位で計画通り。気味が悪いほどだ。どうかこれで運が使いきれませんように。
久し振りで山登りらしい山。何しろ今年の夏の「北アルプス」の訓練を兼ねていて、北アルプスへの参加者はみんな参加するというもの。たまには少し余分な荷物を持ち訓練をする。8㎏程度で水を多め。このコースは多少タクシー代がかかるのが難点だが静かな尾根歩きが満喫できる。
【第1日】9月20日 晴
天候に恵まれた360°の眺望の山
(報告者 邦子)
善右衛門車、謙司車に分乗し蓮田PAで合流の予定であったが、PAの少し手前の新郷付近で思いがけなく謙司車と合流。蓮田PAで朝食、トイレ休憩後、宇都宮インターから日光宇都宮道路に入り清滝へ、明智平にて休憩。車から降りると異様な山崩れをした雄大な男体山が目の前にあり、これからの山登りが少し不安になる。この山は活火山で二荒山神社の御神体として人々から崇拝されてきた山である。
(記録担当 勝巳)
みどりの日。快晴。
連休で、このいい季節に家でゴロゴロしてるのはもったいないという動機のハイキングで、当初は5月1日だったが悪天候のため延期。もともと、いい加減な計画だから変更は気楽。
5月4日は暖かく、まったくの快晴。
(記録担当 勝巳)
天気うす曇り。風なし。気温低め。
今回は善さんの車のおかげで西丹沢の奥でもこんなに時間が掛からないことを驚きをもって実感した。やはり、出発点と到着点が同じコースなら車の力は絶大である。便利で、早いし、自動車道を歩かないし、バスの時間を気にしないでいいし、経費も安い。なにをとってもいいことずくめ。善さんの疲れを除けばであるが。
(記録担当 善右衛門)
渋沢駅改札口に参加者7名が午前7時に集合。リーダから本日の参加者は8名。恒雄さんがバスで先行して二俣で8時の待ち合わせ予定との話があった。7名は2台のタクシーに分乗して県民の森入口に向かう。途中に精神科病院を過ぎ、過日ニュースになった鶴見の20歳同級生よる殺人遺棄事件の現場を通って、県民の森入口に予定どうり7時30分到着。
武内宿禰(たけうちすくね)
300歳。4代の天皇に大臣として仕える。「古事記」では蘇我、葛城、など27豪族の祖先としている。執政の要としての大臣を初心の棟梁とし神話化した人物。
(記録担当 勝巳)
ひたすら忍耐をとの決意も霧散したこと
そもそもJR東北線が悪い。上野から野辺地まで当然東北線が通じてると思ってたら、なんと、盛岡から先はJR東北線が突然切れていたのである。そのくせ、八戸からはまた青森まで、東北線と表示してある。このなくなってる区間は、第三セクターとやらで我らの青春18キップは使えない。