信濃の展望の春山と行き止まりの温泉。国宝古刹、信州の鎌倉塩田平。脩那羅峠石仏群。荒天で計画中止数度。執念の山域。2日間他の登山者に合わず。
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三貴也、美奈子、孝儀、多摩江、洋子、善右衛門、恵美子、美保、勝巳、才美、伊久枝、邦子、憲治、貞子、昭二、茂、きみ子、吉生、博子、幸子
当日の担当リーダー;総会(勝巳)、宴会(孝儀)、山行(憲治)、
会計(貞子、才美)、
日時:2011年11月3日(木)曇り。暖か。
(記録:幸子)
天気がよさそうなので、突然の計画、暇そうな人に声をかけて弁当と水筒の4人が参加。いつも、山は「平日ばかり」なので休日は調子が違う。若い人がほとんどで、老隊は追い抜かれるばかり。
(記録: 善右衛門)
第1日目 平成23年10月18日(火)晴れ
八王子発8時34分スーパあずさ5号に乗車、茅野駅10時6分到着。夏沢鉱泉の送迎車にて八ヶ岳中央登山口秘湯の夏沢鉱泉へ所要時間約1時間。宿の主人の話では茅野駅の海抜が800m・夏沢鉱泉の海抜が2000m,高低差1200m、渓谷の急坂道は何か所も危険なところがあった。最盛期の紅葉は過ぎていたが非常に雄大な景色に見惚れて楽しい1時間であった。
(記録担当 勝巳)
ともかく、大したものである。70歳平均の13名の集団が一糸乱れず行動し、少しの事故もなく、行程を消化してみんながそれなりに満足できたことは、誇れる事だ。おそらく、他の同種集団には不可能だろう。
午前6時30分、二俣川農協裏、参加者9名が2台の車に分乗して出発。
天気は快晴、予想最高気温は12度。川崎からアクアラインに乗り、東京湾を渡って7時5分にはもう木更津、あっという間に神奈川県から千葉県に移動。
その人は、温かい冬日の中で筵に水仙の束を広げ始めた、私達がちょうど山を下り小さな広場に辿りついたときだ。この道は、嵯峨山に登山する人以外、通る人とてなく、もし、私達が通らなかったら一日中、ここで日向に座って水仙を買う客を待つつもりの長閑な老人だ。
閑散とした猿橋駅に計10名の老々男女の元気な姿が集合した。山に囲まれて特に冷え込みが厳しく感ぜられるが、清々しい空気を体一杯に吸い込み、勝巳さんをリーダーとして8時30分出発した。道の植え込みや畑に残る野菜にうっすらとかかる霜や、行く道の所々に残る雪が、さすがに今冬は常な寒さだと実感した。
参加者16名のうち登山組12名、バス組4名。
湯河原駅に登山組12名が8時40分に集合、新年の挨拶の後、3台のタクシーに分乗して幕山公園事務所前で下車。忘れもので後発になったリーダーがやがて到着。
曇天ながら、雨は心配なしという天気予報を信じて、忘年山行「大山南稜」に参加。参加者は男女5名づつの10名、小田急秦野駅に8;00に集合。タクシー3台に分乗し、小蓑毛の横畑地区まで行く。料金は1台約2100円。
【第1日】11月17日(水)曇り
今年最後の山行、ちょうど紅葉も見ごろになっているだろうと期待に胸を膨らませて参加する。埼玉、山梨、東京の1都2県にまたがり、日本百名山の一つで東京の最高峰でもある雲取山に登れると思うと、なんとも気持ちが高ぶってくる。
今日の参加者は16名。4台の車に分乗し、みな久しぶりの再会に話をはずませながら6時25分二俣川農協裏を出発。東名瀬田より中央道調布IC~談合坂PAでの休憩をはさみ、甲府南ICで高速を降りる。
集合場所の中央高速道「談合SA」を出てから、笹子の集落を通り抜けて道証地蔵に着いた。そこには森林工事用の車がUターンをするという空間があって、車を停めて身支度をするには格好の場所であった。
今回の旅は
- 国道を避けて、生活道路を走ること
- 宿泊先はあらかじめ予約しないこと
- 宿泊は寂れた町の温泉民宿とすること
- 食事も出来ないこともありうること などワイルドな基本方針のもとでの旅であり賛同者は変人暇人と云う限られたもの達であった。
「西吾妻山」は吾妻連峰の最高峰。福島と山形の県境。リフトを使えば湿原の高原に2時間で達する。ついでに、名前は怖い「猫魔ヶ岳」の美しい山に登る。温泉泊。との計画だったが、台風の接近、前線の影響で9月7日は「大雨、洪水警報」が出て登山どころか、帰りの道が閉鎖されかねない状況が予想され急遽登山はやめて、桧原湖畔の散策路を。かろうじて、6日に猫魔ヶ岳には登ったが、夏疲れを回復するための良い温泉に入って軽くハイキングというところ。
2010年8月26日
(リーダー 勝巳)
白山、鳥海、剣、月山、岩木山も海上の山である。太平洋沿岸にすむ者は、北に壁のごとく立ちはだかる山ととらえるが、実は、海上に浮かび出る山でもある。また、信仰の対象として、古来、尊ばれ、敬われ、どこの山頂にも社が祭られ、弥陀ヶ原には仏や、神がおわすと信じられてきた。
(記録担当 昭)
集合予定時刻には参加者全員が揃い、「MAXとき307号」は定刻7時48分に出発。長いトンネルを抜けて1時間半もかからず越後湯澤駅に到着、接続する特急「はくたか4号」に乗り継ぎ、ほくほく線・北陸本線経由で富山駅に11時22分到着。跨線橋の上から今夜の宿「アパ・ホテル」の所在を確かめると、右手線路の北側にそれらしき看板を見つけ、裏口から改札を出る。
さすがは健ハイのベテランメンバー。まさにパンクチュァルに当日参加の6名は秦野駅改札前に午前7時集合。リーダーの指示で雨具下とザックカバーを付けて、タクシー2台に分乗、出発点ヤビツ峠に向かう。
(記録担当 才美)
これから大きな夏山が控えているのに、最近山行が少なく体がなまっているとの声にこたえて急遽有志を募り、慣れ親しんでいる明神が岳への挑戦。とはいっても、この暑さだからもっとも簡単な矢佐芝コースにする。
久しぶりにお天気の心配をしないで、予定通り7時29分 八王子発の特急スーパーあずさに9名全員乗り込む。一時間足らずの乗車だが、車窓からは新緑というよりはむしろもう青葉若葉で、田植えの終わったばかりの田圃が清々しい。
天候:曇り
毎年この僅かな時期にしか見られない檜洞丸のシロヤシオを是非見に行きたいという紘正さんの提案で、有志4名がいつもより早出をして西丹沢に向かった。足は紘正さんの車をお願いし、海老名駅前から伊久枝さんと幸子さん、新松田駅前から私が同乗させて頂いた。
連休にブラブラしているのも肩身が狭い天下の暇人4人の温泉ハイキング。この五月晴れの日に家でゴロゴロしてる暇人はと狙いを定め「温泉に泊まってハイキングしないか」「いくいく」と全員即決。無理に富士山のふもとで優雅な別荘生活をしている孝儀さんの車で行くため集合は変則の「大月駅改札口」。
【1日目】2010年4月8日(晴れ)
(記録担当;美奈子)
お花見を兼ねて、諏訪大社 御柱祭「木落し」を見学に行く日が近くと、気象情報に一喜一憂し、紘正さんがご苦労し確保してくださった観覧席の様子がわからないので、どの様な防寒対策したらよいか迷いながらの旅支度でした。当日は前日とは違い晴れ間がのぞき寒くもなく良い旅日和となりました。
当初計画の田浦の梅林は何度も訪れているので、史跡の宝庫「浦賀」に変更。登山とサロンの混合形態の行事。京浜急行横浜駅中央口改札前に定刻午前8時25分、15名全員集合。勝巳さんの参加あり、一同歓声上がる。本日から貞子さんのご主人の憲治さん参加。
【第1日】
善右衛門さん夫妻と私は横浜駅に集合。孝儀さん夫妻は上野駅に直行。列車は始発らしく少し寒くガラガラ。
水戸までは常磐線が珍しい。天気は雲ひとつない。世間はこの年末の忙しいのに出かけるのは暇な5人の変人と思いきや、私を除き、多忙な中での時間のやりくりであることが判明し、思わず口数が減る。ただし少しの間だけだったが。
2010年健ハイ最初の山行。「城山」は健ハイでは何度か行っている所らしいが、小生は初めてのコース。しかも5ヶ月ぶりの参加で、低山とは言えやや緊張した気分で湯河原駅からのタクシーに乗り込む。
立冬の前日、幸運を引き当てたように、今年一番と思える天気に恵まれた。横浜も山麓のも、ここ地蔵峠も青空の下にあった。 4台の車は、上信越道東部湯の丸ICより約700mの標高差を駆け上がって10時30分地蔵峠に着いた。
途中渋滞があったが8時30分、西丹沢自然教室に到着。リーダーから今回は沢歩きがあり滑りやすいので十分に注意をするようにとの話があり各自準備をする。その間地元の方から最近事故が多いので早めに下山してください、と注意を受ける。
集合時間は全員正確。若いころのような「これから出発」という、胸躍る喜びがなす饒舌はない。車2台に分乗。下仁田インターから一般道で順調に内山峠に至る。駐車場はすでにほぼ満車状態。近郊のナンバーが多い。
ロープウエーが動き出して、眼下に見える険しい登山道を視野に納めたり、山襞を削ぎ落とすように流れる滝に目を奪われたのも一瞬、秒速7mのロープウェーは霧が立ち込めだした山肌を掠めるように、約1,000mの標高差を一気に駆け上がってしまった。
健ハイの富士登山は2回目である。第1回は10年前の1999年8月27日--28日、例外会として実施。8名が参加している。
今回の富士登山は私にとっては5回目。初めて登ったのは59年前の1950年、大学1年、18歳の夏だ。富士登山に参加すれば体育の単位をくれるというので、何の用意もなく参加した。
7月14日(火) 晴れ
(記録担当 邦子)
二俣川農協前で、勝巳さんが格安で調達してくれた真新しいレンタカーに荷物を積み直して、龍太さんの運転で出発。今日から4日間の運転宜しくお願いします。
久し振りの男性数優位の山行きなのだそうです。
電車は田植えが終ったばかりの気持ちの良い田園風景を眺めながら予定通り小野上駅に滑り込んだ。到着するまでの車内で私自身の精神状態が一寸変になる事が起きた。
気象情報では午後3時頃から突然の強風、雨、雷と山行には避けたい天候。今日は明神ヶ岳と明星ヶ岳を結ぶ尾根の間に出て、明星ヶ岳を経由し、強羅までのコースを予定。早めに下山してしまえば雷等に遭遇しないで済むだろう。
健ハイ恒例の体力測定登山が今年も実施された。
- 日時:2009年5月11日(月)
- 場所:箱根最乗寺・明神ヶ岳山頂間往復(健ハイご用達コース)
- 天候:うす曇り
- 参加者:
善右衛門、勝巳、才美、紘正、邦子、世義、きみ子、昭、吉生、幸子、以上計10名
(記録担当 勝巳)
(山行時の情報にお役立てください)
(記録担当 勝巳)
(山行時の情報にお役立てください)
(記録担当 勝巳)
(山行時の情報にお役立てください)
(記録担当 多摩江)
昨日とはうって変わって素晴らしい天候となった。本日の記録係の私は、途中駅の八王子、集合場所の高尾駅でも皆さんと合流することが出来ぬまま、高尾発河口湖行きの電車に乗り遅れる。その間、何度も携帯電話を通してご心配を頂いた。ということで、富士吉田駅まで皆さんの後を追うこととなった。富士吉田駅9:50発のバスにはどうやら間に合いそうなのが唯一の救いだった。携帯で、大月駅で紘正さんが途中下車され私と合流して下さる連絡が入り、皆さんの心情に申し訳なさで一杯だった。
ここ数日の寒さで、啓蟄の頃である事を忘れていたが、この朝、「寄」の集落には早春の光が射し込んでいた。勝巳さんが「なんとなく良い風景」と表現したように、鍋割山より伸びた尾根と中津川が形作った盆地には、寄り合う家々が朝霧の中に見え隠れし、河津桜と菜の花が彩りを添えていた。
新松田駅に集合ののち、バスで矢倉岳登山口へ。
初顔合わせの達也さんご夫妻と吉生さんも含めての挨拶ののち出発。村の中を抜けコンクリートでかためた急坂を登ること30分、身体も温まり山歩きの身支度を整える。
0800:湯河原駅に8人集合。三貴也さん夫妻はバスにて城山で合流予定。試し参加の茂子さん夫妻の紹介とご挨拶。リーダーの勝巳さんが、サブリーダーを私にご指名なるも、ただくっついているだけなのでパラサイトリーダーなることを表明。間髪入れずに記録係を命じられた。
猛吹雪の中を背を丸め、ふらつく足に、襟をかき合わせ雪を払う越後の豪雪に挑戦と意気込んで、ビールで前途の困難に闘うべくカンパイして上野を出発したが「トンネルをぬけると雪国」ではなく、陽気が立ち登り、のどかな冬日の田園風景。遠くの山に申し訳程度の雪らしきものがある。青空に白い雲。さんさんと降る陽光のもと何もない十日町の駅前に降り立った時など、リックを背負い、紙袋を下げ、雪靴や、重いコートの重装備の着膨れの一行9人は紛れもないホームレスの集団移動。
忘年山行報告
【第1日】2008.12.9
昨日までの好天が恨めしいほどの曇天。時々青空も覗くが絹雲がしきりに流れ、ヨットマンの龍太さんの言によればこの雲は雨を呼ぶ雲とか。冬の雨とはいえ気温は高く久しぶりのメンバーも迎え意気盛んなる様にて健ハイ御用達コースを登り始める。
(記録担当 多摩江)
一週間程前の天気予報では、二日間共雨模様であった筈が素晴らしい秋晴れの一日となった。JR上越線後閑駅に降り立ち、タクシーに乗り換え、三国トンネルを通り新潟県側の三国路自然歩道入口(上信越自然歩道)迄行く(11:00)。
今回は例によって「最近歩いてない」「紅葉はどうだ」程度の突然山に行こうという熱病もの。よって、例外会で有志でとなる。それでも総行程8時間の本格的登山。天気はいいし、コースは今年5月に歩いているし、ヒルももう出ないだろうと。
【1日目】天候:天気回復するものち雨
見上げると雲が一つ二つと千切れて、青空が、ゆっくりと広がっていった。「塩水橋」7時30分。渓谷沿いの狭隘なこの場所はジメッとしていて、今にも蛭が這い上がってきそうな気味悪さを感じて、どこで身支度をしようかと身構える。そんな時「俺なんか、スパッツからズボンまで、塩水で洗濯をしてきたんだぜ」と、善さんが何時もの口調で、その場の雰囲気を和ませてくれた。
横浜駅横須賀線のホームで全員が集合し、湘南新宿ラインに乗車。思いのほかの混みようで、池袋を過ぎるあたりからパラパラと一人づつ席に着いた。大宮でドッと入れ替わり空席も目立ってくる。車窓からの眺めは刈入れの終わった所は少なく稲穂の黄金色が目につく。
列車が笹子トンネルを抜けて甲府盆地に入っても、鳳凰三山や南アルプスの山並みは厚い雲に覆われていた。雲の中に、ただただ甲斐駒ケ岳の姿を探し求めていたが・・・、やがて光が差し込むと徐々に山の姿が変わって、前山の輪郭がはっきりしだした時、車窓の遥か左前方に、一点白い山肌が認められた。
【第1日目】7月23日(水)徒歩4時間
八王子より「あずさ」→「しなの」と乗継、木曾福島駅10時40分発御嶽ロープウェイ行きバスは町、御嶽大神、川、渓谷を越え霊峰ライン(古い地図では白崩林道)へ。
【第1日記録】
ハプニング発生で家にいた邦子さんに世話になる。非常時の連絡担当者の指定が必要だ。宿までのバスは貸し切り状態。部屋に荷物を置き昼食。手ぶらで、舗装道路を鎌池まで1時間の散歩。このあたりはさすがに山が深い。聞いたこともない小鳥の声がそれを物語っている。
女性4人小雨のトレーニング山行いってきました。健ハイ御用達コースは雨、小雨、霧、にはもってこいのコースではあったがやはり雨具着用なので皆髪から汗の滴がポタポタ。
女性4人小雨のトレーニング山行いってきました。健ハイ御用達コースは雨、小雨、霧、にはもってこいのコースではあったがやはり雨具着用なので皆髪から汗の滴がポタポタ。
(記録担当 勝巳)
ともかくなんと運の良い山だったことか。家に帰って門を開けたら雨が降り始める、帰り大月駅から偶然にもグリーン車並みの快速ホリデーがガラガラですぐ来て、乗り換えなしで八王子へ。朝は谷村駅でタクシーを呼ぼうとしたら5人乗りの空車が目の前に現れた。それにすべての行動が判で押したように時間通り。今倉山も、二十六夜山も秒単位で計画通り。気味が悪いほどだ。どうかこれで運が使いきれませんように。
(記録担当 幸子)
梅雨空の下、予報では日中は曇で雨の心配はない模様。今年4月中止となった赤城山はツツジの山で、とりわけヤマツツジが満開のこの時期に再挑戦する。参加者10名が2台の車に分乗し、二俣川JA前を6:20出発。東名高速、環状8号線、関越自動車道を走り7:40高坂SAで休憩。空が明るくなり薄日も射してくる。車は8:30渋川伊香保ICを下り国道353号を走る。
≪天草グループ報告≫
(報告担当 才美)
熊本空港9時45分着 レンタカーのシャトルバスにて「ジャパレン」(096-372-3900)へ。11時3台の車レンタル 2台天草組、1台熊本城観光に分かれて出発。
(記録担当 勝巳)
久し振りで山登りらしい山。何しろ今年の夏の「北アルプス」の訓練を兼ねていて、北アルプスへの参加者はみんな参加するというもの。たまには少し余分な荷物を持ち訓練をする。8?程度で水を多め。このコースは多少タクシー代がかかるのが難点だが静かな尾根歩きが満喫できる。
第2回目となる会記念事業の本山行は、昨年の第1回目と同じ要領で行った。昨年の山頂は時間と共に靄が立ちこめ眺望が消えたが、今年は先ず先ずの天候に恵まれ、GW直前の見通しは晴天。月末頃より変わり始め、前日からは午後より雨の予報になった。当日実際は、横浜市内でも夜明け前から雨のところも出てきたが、参加者がほぼこのコースを熟知している、長時間のコースでないこと、雨中山行のトレーニング等々を勘案し予定通り実施した。
『角館の桜が見たい!』
と、うきうき状態の老若男女8人が、600キロの東北路を駆け抜けて秋田まで来ました。旅には想定外の感動があったり、逆に期待が大きすぎて・・・・その半ばするところが旅の醍醐味かもしれません。今回もその様な旅でした。
2月4日に計画されたが、前日の降雪で足場が悪いということで延期された計画のリベンジである。今回も前日は雷が鳴り強風雨で、天気予報を聞いていなければまたまた延期か?と気をもむ状況だったが、幸い予報では朝から晴れるということで安心して床につけた。
当初の計画では、誰でも容易に歩けるところを頭に描いていたが、"歩きたい"の要望が出て、難しい山ではないので、登り2コース、下り3コースを用意し、参加メンバー/当日の状態などを勘案し、最終決定することで、上記のコースを予定し、本山行の計画を進めた。
≪概要≫ 晴天の雪山。安全なトレースがあり、3?4時間のコースで展望に恵まれている。この宿はお勧め。(高峰温泉より安くて良いサービス)全体にゆとりがある計画。こんな山行もいいなー。他の季節でもここを起点に計画を立てたい。お薦め山域発見。
(記録担当 勝巳)
前回12月に青春キップの旅で飯田線を満喫したが参加者の人数に端数が出て1枚余ってしまった。教えてもらったチケット屋に売却しに行ったら1枚がなんと500円。ばからしくなって、それなら買い足して有志を誘ってまた青春キップの旅をしようと3枚の残切符を買ったらこれがなんと1枚当たり2700円。通常は2300円なのにプレミアが付いていた。ずいぶんと悪徳商売をするものだ。500円で買って2700円で売るのだから。買ってしまった以上何としても参加者を募らねばまた買い叩かれて売るはめになる。心当たりの「毎月青春キップの旅をしそうな変人」を探し回りやっと3人を確保した。迷惑な話だろうが時間はあるはずだしと自分勝手な言い訳をする。