No.525佐倉を歩く旅(2022年4月22日)

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実施日:  2022年4月22日(金)

集合 :  横浜駅横須賀線10番ホーム7両目付近 7時30分

参加者:  6名(他にゲスト参加1名)     勝巳、才美、憲治、貞子、吉生、亮子

コース概要: (徒歩約4時間、後半かなり暑い)    横浜発横須賀線、成田空港行7時38分発――JR佐倉駅着9時07分--観光協会-- 彫刻通り―武家屋敷9時30分--ひよどり坂--侍の杜--大手門跡--佐倉 営跡10時30分--佐倉中学--自由広場--三の門跡--堀田正睦公像--佐 城址公園--天守台跡--国立歴史民俗博物館(昼食12時30分)--姥が池--菖蒲園--佐倉市立美術館--佐倉市立美術館--厚生園入り口--旧堀田邸跡   (さくら庭園)13時30分――タクシー佐倉駅着14時30分――横浜着16時30分

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流石、11万石城下町。風格があり文化の香りが高い。こんな小さな町に、立派な建物の「国立歴史博物館」,格式高い「市立美術館」,「塚本美術館」,「川村記念美術館」,「市立図書館」,近代医学の発祥の地とされる「佐倉順天堂記念館」などが目白押し。東北からの守りの城として、幕府が重視した城である。ここの城主9人が徳川幕府の老中を務め「老中の城」と言われ、中でも堀田正睦(ほったまさむつ)は、幕末、日本を開国に導き今の日本の基礎を創った。
sakura-2.JPG 何と言っても武家屋敷から城址への道は緑豊かな、古武士然とした、竹林に囲まれ、まことに襟を正す道である。旧陸軍第二連隊の所在地跡の杜と、広場がほとんどそのままに残り、大木の深い緑の中に、陽の当たる広場が点在、特にゲートボール場等に使用するでもなく、ゆったりと春風が涼しい。この連隊は、激戦地を転戦。最後は、ペリリユウ島で玉砕し果てた。12段のコンクリートの訓練用飛び降り台が残る風景は、「夏草やつわものどもが夢のあと」を思わせる。佐倉高校、中学も白亜の校舎が森閑とした杜につつまれている。
sakura-3.JPG 佐倉のイメージは、(場所も、行き方も知らず、どうせあのやくざ議員が出た千葉の町)くらいの知識しかなかった。この街の真の姿を知って今深く恥じる。かつて3万坪もあって、中には農事試験場まで造った堀田邸(国指定重要文化財)と国指定の名勝庭園の存在は、さらに無知の恥に追い打ちをかける。今でこそ、近隣の一部が「厚生園病院」等の建物に席巻されたが、明治末期の姿は国宝級の建物、庭園に恥じなかったろう。
sakura-4.JPG 佐倉は意外だった。人口17万。平安時代から由緒正しき街だ。 「知らない街を、知らないままに知ってはいけない」。そのことは国内外とも同じである。sakura-5.JPG

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