No.512 花菜(かな)ガーデン(2020.6.18)

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DSCN3518c.JPG実施日;2020年6月18日(木)曇り
集合;小田急線「秦野駅」改札口 8時45分
参加者;(9名)勝巳(記録)、才美、憲治、貞子、達也(行動記録)、茂子、吉生(リーダー写真)、亮子、和子。

コース;歩行2時間。園内散策2時間。6.5Km
秦野駅北口神奈中バス1番乗り場8時53分発(平塚駅行)――平塚養護学校前9時20分平塚花アグリ経由――花菜ガーデン2時間弱、ガーデン内散策11時出発県道62号――金目川沿い――90分(徒歩)――途中纏緑公園――東雲橋――旧東海道――追分――平塚ららぽーと着13時20分――フードコートで昼食14時20分――バス――平塚駅14時30分着(解散)――藤沢――大和。

何といっても天気が良かった。梅雨に雨も降らず、炎天の直射日光もなく、さわやかに

DSCN3519d.JPG風があり、絶好の外出日和。コロナのため長く閉塞されていただけに、外に出かけられる気分は爽快。いまだに外出が非難めいた目で観られる中での施策。リーダーの掘尾さんも、電車やバス利用もあって計画策定に苦労したはず。それにしてもかなり前に計画を策定するのに、この日を選定した慧眼は気象庁以上。普通なら雨の中、傘をさして黙々と歩くか、炎天下をさ迷っても文句は言えないのだから。
出発集合時間の正確さは恒例。始発のガラガラのバスに乗るが平塚駅に近づくとさすがに混み始める。道は、関東平野の中というより、開発著しい新興住宅地の中を行く。バス道にしては狭い。都心に向かう道は広く整備されているが、地方都市を結ぶ道はかくの通り経済植民地の様相を呈する。「花(か)采(な)ガーデン」と洒落た名前。コロナのおかげで体温を測られ、手の消毒をしてシニア料金310円で入場。バラが一段落して、カンゾやユリや睡蓮やその他の花の競演。ところどころにいる植物や花の世話をDSCN3520c.JPGする親切そうな担当者が手を休めて質問に答えてくれる。ここは公園ではなく教育を目的にした「植物園」。神奈川県に2か所しかない貴重な場所で管轄は「神奈川県観光農政局農政部農政課」と厳めしい。植物園は教育が使命とあってか、カレル、チャペックの模造の家と庭まである。この名は反戦風刺作家ハシュクの「兵士シュヴェイクの冒険」の第一巻の冒頭解説文に出てくる世界的に有名なチェコの作家。こことの関係は知らないが、ここの造園を設計した方の思いと情熱は理解できる、チャッペクは園芸を深く洞察し、いまだに影響を与える人だから。
ガーデンから平塚への道は、「金目川」沿いに歩く。金目川の「控え土手」の案内図に出合う。この川が暴れ川で農民は水害に悩まされた。川筋を変え、川幅を広げ、川底を浚ったり被害を防ごうとした、その一つが「控え土手」である。堤防を越え、洪水になDSCN3522c.JPGった水を再び川に戻すための堤防を予め構築するもの。現在もこの川の「控え土手」跡は多く見かけられるが、「纏(まとい)緑道」はその最大の名残。道は、途中に巨大な黒松の木が大切に保存され、川にはアオサギらしき鳥が魚を獲った瞬間に出合う自然は残っている。
平塚市役所に近く立派な八幡神社。町中にありながら神社林の巨木の下闇が梅雨の季節を思わせている由緒正しき雰囲気。以前、平塚に七夕を見に来た印象は露天商の祭り臭いものだったがすっかり見違える。ここが本当の平塚かもしれない。
「ららぽーと」は平塚駅から離れてて、今でもうっそうたる森に囲まれる旧海軍弾薬庫跡に近い。海からまっすぐ大道りが現存してる不思議が、火薬庫への道なら理解できる。
「ららぽーと」は巨大な商業施設。館内広く、昼食場所を探したいが歩き疲れていて適当なところで済ます。後でみると良いレストランがたくさんある、いつものこと、少し我DSCN3524c.JPG慢して探せばここを利用できたのにと残念。平塚駅は思ったより新しく大きく、最近は相鉄線の駅しか行かない者にとっては取り残された感じがする。
今回はコロナの真っ最中の施策である。コロナでの拘束生活が長く、もっぱら自然界での活動を大切にする人間にとって何とか鬱憤を晴らしたい。
そこで歩くことそのものをこの際愚考してみたい。

歩くということを考える
人類が木から降りて二足歩行になった意義は人類史で最大の出来事。運搬能力の向上、歩行距離の拡大、空いた両手の操作性、道具制作と使用、正確で反復できる大量の作業、普遍的な共同作業の可能性など人類発展のすべての基礎インフラを提供している。自由になった両手での複雑な操作を通じて人間の脳を発展させ、やがて他の類人猿との差となる。立歩きにより、直射日光を最小面積とし紫外線を防ぎ、冷却

DSCN3526d.JPG装置として高温から体温を守り熱射病を防ぎ、結果として、気候の違う場所へも遠征を可能にして豊かな糧秣を得、労働生産性が高まり、浮遊知識者集団による知性を生む余裕ができ、指導者がいる社会集団の基礎を作った。このすべてが二足歩行が原点だ。
それにしては歩くことを現代人は軽んじている。大量交通手段の誕生は歩くことを軽視さえしかねない。私たちが引き起こしている変化は人類史上にない急激な加速で、通信や、交通手段の高速化や利便性向上、社会の習慣や、人間のあり方の急激な変化だ、雇用にしても人生の半分も保証されず、車は5年で廃車され、音楽は数年の寿命、ファッションは1年ももたない。TVにいたっては一時間単位だ。生活リズムも同じだ、より効率に努め、時間を無駄にしない方法を絶えず模索する、何よりも効率性を求め努力してるのに、なおするべきことが無限に増えていく不安に常に襲われ時間の足りなさの強迫観念に不安になる。なのに私たちの生活は格差は拡大こそすれ向上しない。それどころか、幸せは立ち去り迷走と虚脱は蔓延している。成長の限界がどこにあるかを知らずに猛進すればやがて行き止まる。消費DSCN3528c.JPGが資源埋蔵量を超えれば成長は必ず限界に達する。ましてや、気候や、環境システム、地球のエコシステムを破壊しての成長の為の爆走は取り返しのできない弊害を生む。文明の基礎を構築してるエネルギーが枯渇すればもう人類に先はないことは簡単に数量的に予測できる。壊滅の引き金は何も、巨大隕石衝突、地球規模の巨大噴火、巨大地震と津波、戦争、グローバル経済の崩壊、コロナなどの新種の疫病蔓延、に限らない。人間の浅はかな活動が遠因しても起こりえる。
人類が恩恵を受けている政治経済、社会システムが深刻な資源枯渇を拡大し、それがオゾン層破壊や、気候変動、自然環境を含む生態系を破壊してることは自明だ。
現在の安定を保証し、生き残りを約束していた条件は危険な水域まで崩れ去っている。
要約すれば、私たちの社会は物質的成長の担保以上に限界を超えて成長はしない。今や地球システムを取り返しのつかないまでに破壊しつくしてしまった。未来は大混乱が普通の状態になる。しかも崩壊はグローバル化した形で急激に起こる。
それもこれも意味もない急激な拡大、貪欲な上方志向のためになされた結果だ。
DSCN3536c.JPGここに1918年のスペイン風邪が2006年に発生したらどうなるか今日のコロナの状況を予想しない時点でのシュミレーションがある。それによれば、世界の死者1億4200万人とGDPの12,6%の減少が推定されている。このシナリオは死亡率を3%としているが実際にはエボラ出血熱等は50%を超えるものもある。中世のペストでは人口の3分の1が亡くなった。それでも国家的損害が大きくなかったのは、人口の大半は農民で農産物こそ3分の1になったが社会運営の重要な機能を失ったわけではない。加えて、汚染が浸透しなかった新天地である耕作地、保存された生態系、人跡未踏の豊かな森、偶然の安定した気候に救われていたのだ。
現在はどうだ。高度にシステム化された社会の操作技術者が死亡者の100分の一でも含まれれば、すべてのシステムは停止する。システムが機能しなければ、金融も、エネルギー生産も、電力も運輸、交通、食料生産、医療、産業、雇用、治安、統治機構も全て停止する。グローバル化された経済機構のもとで一国で最終形態の製品を作り上げることは今や不可能。どこかの名前も知らない国がシステムダウンすれば、いとも簡単にすべての国の機能が連鎖して止まる。また疫病の宿主たる人的交流はDSCN3540c.JPG中世の比ではない。危機はすべての面に複雑に絡み合って発生し、その原因は多様にわたり対策は不可能だ。耳障りの良い巧言政治がはびこり、国家間のナショナリズムは高まり、国際協力体制はおぼつかない。国内でさえも格差は回復できないまでに拡大し、富裕層はその社会的責任をはたそうとしないし、政治家は利権に固執し、自己責任などという古い新民主主義に責任回避し改革に重い腰を上げない。デフォーの「疫病流行期」や、「疫病の世界史」マクニールを見るまでもなく、マスクしか対策のないままにコロナ禍で50万人が死亡する事実の前に、なお現代医学に依存するのは、中世の妖術に頼るごとしではないか
コロナは私たちをこんな状況に追い込んでいる。
このような状況のはるか前に自然環境の大切さを知り、人類の起源である歩くことの重要さを肌で認識してきた人たちがいた。
無限の競争化と、効率化にさらされ、ただひたすら高みを目指し、物質的欲求に翻弄される人生が、幸な生活からほど遠く決して満たされる物ではないことをコロナ禍は改めて気づかせてくれた。コロナはその問題点を具体的に目前に指示したのだ。
国家は国民に信託された範囲で等しく国民に適切な生存権を実現する義務を負っている。本来、国民幸福省が置かれ、環境保護省が発言力を持ち、国の事業の中心に置かれて強力に牽引することをもって国家の本文とすべきだ。
その実現になくてはならない思想と行動が歩くことの意義だ。気の向くままに、好きな道を誰でもが歩くことができること。それこそがで出歩くことを制限される人間性の否定からの解放である。
現実は、中世のヨーロパの例を挙げるまでもなく、多くの町は門限があり、木戸には警備員が常駐し、街道は厳重な管理のもとにあって、その通行時間は為政者に管理され、楽しみで歩くなど論外。18世紀のロンドンもパリも徒歩旅行は今の最悪のスラム以下の危険が伴うことだった。19世紀に人ってやっと歩道、街燈、排水路、の整備がなされたが並木道や、公共の庭園、公園の空間は富裕層のもので、馬車通りは危険極まりなく、一般民衆の近づけないものだった。歩くことはそんなにたやすく国民が手に入れたものではない。
イギリスの通行権を持ち出すまでもなく、人間本来の崇高な人権に匹敵する権利行動なのだ。価値観は回帰する。そして歩くことと、国民の幸福度合いは比例する社会が来る。そこから始まる人間の本来のあるべき社会が、どこかで狂いだした現在の構造社会を救い出す端緒となるはずだ。トヨタやニッサンが真ん中にある社会はゆがんでいて自然ではない。 コロナを経て、歩くことはそれだけの意味を持ち始めた。

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