No.353雪山。スノーシュー散策とスキー。温泉。(2017.2.1~3)

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P2010019.jpg信州の雪山に挑戦し、スノーシューで雪原を散策。2年続けての登頂断念。今年はなんとかと意気込む。
日時;2017年2月1日(水)、2日(木)、3日(金)。 2泊3日。
参加者;5名(男3、女2) 勝巳(リーダー、記録)、才美、憲治(会計)、亮子(写真)、吉生(写真)。
集合;JR長野新幹線「上田」駅。温泉口から駅を15m出たロータリー付近 11 時(宿の 送迎バスは11時10分出発)。

第一日 晴れ、曇り  徒歩約4時間 全員同じ行動。
上田駅送迎バス11時10分発――宿着12時(スノーシュウーの準備出発12時30分――炭焼き小屋――岩場13時30分――TVアンテナ14時――東屋――山頂14時10分着――宿泊着16時20分 昼食は新幹線で済ませ登山出発時間が遅れないように。
宿泊 国民休暇村「嬬恋鹿沢」0279-98-0511。一泊一人2食付1万1000円(10畳一人利用時)2人利用は1万円。
切符 JR乗車券は上田往復。帰りは自由席。ジパング利用可(30%引き)。
第二日 晴れ、曇り  スノーシュウー散策4時間 スキー5時間。
スノーシュー パノラマライン経由、「愛妻の丘」キャベツ畑雪原――田代湖迄散策
9時30分発上田行の送迎バスで途中、国道144号出合いで下車出発9時40分――パノラマライン――愛妻の丘50mで12時――林道――田代集落13時――昼食13時30分食堂着――(食後八景食堂の車で送迎)14時30分発――15時鹿沢温泉宿着。
八景食堂 0279-98-0059 嬬恋村田代102。
スキー(吉生さん、 湯の丸スキー場8時30分宿の送迎で出発――宿送迎で鹿沢温泉16時帰着(手ぶらでスキープラン利用)。
第三日 快晴 帰宅
P2030053.jpg宿送迎バス発9時30分――上田駅温泉口着10時20分(荷物預け)――中央道――みすずあめ本舗11時――原町――大西蕎麦屋11時20分――味噌製造屋――大きな住宅――高級住宅街(大手町)――上田城址13時――新築の第2中学――上田駅13時10分着――上田発13時36分新幹線自由席――東京着15時――横浜16時(解散)。
持ち物;冬山装備(上下とも暖かいもの、換えの靴下)耳までかぶる帽子、毛の手袋2枚、マフラー、サングラス(ゴーグル)、保温水筒、常備薬、雨具、懐中電灯、杖、スパッツ、お菓子類(酒も含め持ち込みは自由です)日焼け止め。保温湿布、非常食その他。(アイゼンはいりません)(スノーシューは宿で有料で借ります)。
費用;宿泊2泊で2万円プラス、交通費と昼食代等で、総額35000程度。
第一日(2月1日)
村上山は2年間続けて山頂を踏めなかった。雪が深く、トレースが全くなかったこともあって時間不足。何せ信州の1746mの雪の山。15時には下山して宿に帰らねばならないのに、駅からの宿の送迎時間で、どうしても宿に着く時間が12時近くなりそれから出発。宿泊手続きしてスノーシューを借り馴れない面倒な装着。この結果徒歩時間が少なくなって山頂を目前にして引き返していた。
IMG_3008b.JPG今回登れたのは、天候に恵まれて、トレースがあったこと。先週に、宿主催の村上山登山イベント時の道がわずかながら残っていた。もちろん、今年の雪の量が過去の2回より少ないのも幸いしている。加えて宿からの出発が、思いのほか早く12時30分には歩きはじめることができたことは大きい。
3年ぶりの山頂。声を上げる感動的な風景に躍り出た。四阿山、浅間、草津白根、横手、上越の山、が紫に展望でき、眼下には広大な野菜畑らしき輝く雪の平原と集落が時々思い出すような陽光の中で音のない風景。やはり、山頂に立つのはいい。流石に、午後3時を過ぎると、風も出て、寒さが身に染みだす。温泉を目指した赤ペンキを追う快調な雪山の下山。此の楽しさは雪の下山の特権だ。
宿は、普段より混んでるようだったが、実際そうではなく騒がしいから。全部耳の遠い老人客。腰の曲がった老人も含めて、それが全員スキーをやるようだ。我々から見てすら老人が、スキー等出来るはずがないとの先入観は完全に間違い。「アンタらは何しに来てるの」と逆に聞かれてしまった。世の中、知らぬ間に変わっていることがあるが、これにはいささか驚いた。
第二日(2月2日) 9時30分上田駅に向かう送迎に便乗。国道出会で下車して、パノラマP2020038.jpgラインに向かう。スキーをもっぱらにする吉生さんは、すでに湯の丸高原で一日中滑るために8時30分には出発済み。
もちろん、パノラマラインは雪で車は交通止め。その車道を雪を踏んで歩くのだ。地吹雪の雪が飛ぶことはあるが、単調な、緩やかな登り道をひたすら重いスノーシューで歩き続ける。たまにある取り入れた野菜の集荷用の建物で休憩。風さえなければ、春のような陽気。道は歩く人など考えない設計で、起伏こそ少ないがやたら冗長で長くうんざりする。途中で、スノーシューの止め紐が切れる事故発生。何度も立ちどまっては、ありあわせの紐で応急措置。横切ったばかりの野兎やカモシカらしき足跡が周辺の山の深さを物語っている。もういい加減に着くはずとボヤいた瞬間に到着。「愛妻の丘」だ。今日は2月2日で愛妻の日。是非記念碑の所まで行きたかったが、見渡す限りの雪原は雲に切れ切れに覆われ、どう見ても、そこまで辿り着けても展望はここ以下だろう。残念だが、「愛妻の丘」は別に来ることとして、近くの林道を下る。案外近く、雪原に雪かきをした道に出くわす。IMG_3028a.JPG磁石で方向さえ合えばどこを歩いても国道144号に出るはず。この辺りはキャベツ畑、沢に行き当たることもないだろう。それに、はるか下に人家も垣間見えている。食堂の到着時間は約束に10分と違わなかった。私たちの他誰も居ない食堂では暖かい炬燵を部屋に準備してくれていた。長く雪道を歩いき冷え切った体がゆっくりと温まれたのは乾杯の酒のせいだけでは無かった。帰りは歩かなくてもいい。ここから宿まで送迎してくれるのだ。 「愛妻の丘」からコースを若干変えたため、田代湖には至らなかった。なんでも立ち入り禁止にしているらしい。地元の人は言葉を濁し理由は言わないが、福島の事故に関連がありそうだ。こんな遠くまで影響があるのかと不思議に思え同時に自分の無知を恥じた。食堂は部屋も料金も昭和なみ。おじいさんとおばあさんの店だが、やっぱり昭和。たまにこんな店に出くわすとなんだかうれしい。雪に閉じこもった誰も訪れない小さな村の柱時計の音が聞こえるような食堂。湯を沸かすストーブの炎も、ゆらゆら赤い。私たちが来なければ今日はこの店はどうしたのだろうと余計な心配までする。
第三日(2月3日)
9時30分の上田駅に向かう送迎車に乗車。例の老人スキー団体は別のバスで出発。やっぱり老人。誰か遅れているらしく昨日と同じように時間を過ぎても出発できないでいる。でもこの元気は本物だ。世の中、こんな人たちもいる。あの歳では、縁側の陽の元で孫の遊ぶのをうつらうつら眺めてるはずとは偏見だった。
P2030051a.jpg上田駅で荷物をコインロッカーに入れ、空身で上田の街を散策。いきなり「みすずあめ本舗」に出くわす。まさかここが本店と知らずに立ち寄ったが、さすが老舗、商品も多く、驚かされる。今まで雪の中にいたからかこの街は大きいし古い伝統の街だ。人こそ少ないが古風な店が並ぶ。呉服屋、骨董屋、味噌や。以前来たがどこか忘れていた「おおにし」と言う日本家屋の蕎麦屋を見つけて入る。料金は観光地料金だがカードが使えないところがいい。原町を過ぎて、住宅街に入る。門構えの塀に囲まれた余りに大きな家があったので近くの人に聞くとそんな家は無いという。やっと説明したら、あそこが大きな家とは今まで気付かなかったと言われたくらいの大手町と言う高級住宅街だ。上田城址には銅像が多い。元市長や校長先生等いろいろだ。もともと、上田は冬の日照時間が長く雪国の人のあこがれる街で千曲川の流れる城下町独特のおっとりした雰囲気に包まれている。
今回の山行は雪の中だったが、終わってみれば春の陽のような気分。横浜の天気予報が太陽マークになっていても羨ましくなかった。久しぶりに村上山も登れたし、来年は別の所をなどと暖かい列車で雪に輝く青空の烏帽子岳や浅間山を見送る。

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