No.351 矢倉岳 (870m) 記録 (一般向き)(2016.12.9)

user-pic
0
PC090013.jpg参加者;勝巳、才美、吉生、一朗。(4名)
日時;2016年12月9日(金)
集合;新松田駅改札口 午前8時35分(平日の地蔵堂直通バスは8時45分発)。

今年最後の山行・ドーム状の変わった山容。渡り鳥が帰るときこの山の天空に集まるという。富士を見るにこの山を超える山は少ない。快適なハイキングコース。
手元の記録があるだけでも健ハイは以下の如くこの山に登った。
PC090027.jpg1995年2月15日・2001年3月11日・2009年2月1日・2012年10月20日・2013年4月27日・2014年5月5日・2015年2月24日、そして今回。ほかに今回の1週間前にも会員有志が登っている。他にも登ったものを加えれば実に20数回はお世話になっている山である。冬でも季節を問わない。数こそ少ないが新松田からの直通バスも利用でき交通の便がよく、天気がよければその日の朝に登れる。案内書にはない御殿場線へ降りるコースや、廃道になっている金時の旧鉱山跡の道など結構多くのコースがある。標準は、矢倉沢から登って山伏峠から地蔵堂へ至る今回のコースだ。今日は文字通りの快晴、遅い紅葉も楽しめ、富士はいつものように悠然とでかく雪に輝いている。平日のこの時期は登山者も少なく、矢倉沢で下車したのも、地蔵堂で乗車したのも我々だけと申し分がない。メンバーも4人とこじんまりして誠にこの山に相応しい。猪除けの扉までの分かれ道の道標が見にくく間違いに注意が必要だ。健ハイ体力測定の山である「明神が岳」も黒々と逆光にそびえて見える。山頂での昼食にこだわったわけではないが、メンバーの快適なテンポに同調しての休憩不足と早朝の朝食で見事持病の低血糖になり、何と山頂手前で10分程度リックを持ってもらってしまった。60数年の登山経験でも人のリックを持つことはあっても持ってもらったのは初めてである。何とPC090017.jpgなく気恥ずかしい不思議な気分だ。「大丈夫だ」と言わないで、助けてもらう人の気分をこの際知っておきたいとの意識も働いたことは事実だが。昼食後は強くなった風の中を富士を正面に山伏峠への急な道を下る。この辺は雪解けの頃に、道がグチャグチャで登山靴泣かせになるが、今日は落ち葉の道で快適。日の射さない杉並木の植林を過ぎ高圧線の鉄塔を3か所過ぎれば沢にでる。下りきった沢からの嫌な登りだ。あれだけ降りたのだからもう登りは無いと体が信じてたのに急な登りで裏切られる。やっと陽の当たる剪定で丈のひくい茶畑で休憩。あとは、バス停近くの、態度の悪い女店員の店で暖かいうどんとビールにおでんで今日を締めくくる。日によっては、団体の長蛇の列に出会って松田まで座れないこともあるのが、今日は我々4人。30分も前にバス停にならんで拍子抜け。こんないい山に、こんな好天に何たることかと変な鬱憤を覚える。
帰りの小田急線から丹沢が夕日の中に見えた。中学高校時代に通ったヤビツから馬鹿尾根を下る道が懐かしい。同行者に行かないかと誘ったら。あんな大変なところとにべもない。そうだ75歳を過ぎてるんだった。
PC090020.jpgコース;(徒歩5時間弱程度)
新松田駅発8時45分(直通地蔵堂行。タクシーだと5,000円程度)――矢倉沢バス停下車9時10発――水道タンク跡10時30分(実際はとっくの昔に水道タンクなど壊れて部品を残してるだけでうっかりしてるとわからない。それでも、いまだに一部の案内本に、堂々と水道タンクと表示されている。実態調査もしないコピー本に注意が必要だ)――矢倉岳11時20分(昼食)――清水越し(山伏峠)――地蔵堂バス停14時――地蔵堂発新松田行直行便15時25分発(平日)、土日は14時25分あり――新松田駅着16時――海老名16時40分(解散)。

    参考
    希望が丘発7時32分――海老名7時50分着(小田急乗換7時55分発)――新松田着8時30分。(直通バスは並ぶことがあり早めに新松田へ)。
持ち物;雨具(防寒具兼)。杖。昼食弁当。軍手。懐中電灯。医薬品。等一般登山用品。
リーダー;(記録)勝巳。サブリーダー;才美。
地図;1/25,000「関本」。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://kenhai2100.com/cp-bin/mt/mt-tb.cgi/1840

コメントする

カウンタ

月別 アーカイブ