【第1日】
善右衛門さん夫妻と私は横浜駅に集合。孝儀さん夫妻は上野駅に直行。列車は始発らしく少し寒くガラガラ。
水戸までは常磐線が珍しい。天気は雲ひとつない。世間はこの年末の忙しいのに出かけるのは暇な5人の変人と思いきや、私を除き、多忙な中での時間のやりくりであることが判明し、思わず口数が減る。ただし少しの間だけだったが。
水戸からタクシーで偕楽園に。昔来たことがあるが全く記憶にない。梅が咲けば大したものだがこの季節は大したものではない。何か古い立派な建物を見学したが、文化財の評価もせず、「殿さまは金持だったなあ」という俗な感想。誰もいない観光地は案外静かで広々としていた。
いわき駅に着き、本命の常磐東線に持ち込みの酒類とともに乗る。車窓の風景はたちまち一変して低いが、深い山が波打って押しよせる。あんな所の人家はどんな生活をしているのだろう、もし自分があそこに生まれたら、どんな人生を送ったかという毎度の疑問が浮かんでくる。冬の山は枯れ木だけではない。普段は見えないはずの渓谷が沿線にうねっては消えていく。列車は2両、地元の人もちらほら乗っているが、みな、うつらうつらしている、温かい冬の陽が明るく列車一杯に差し込んでいる。無人の屋根なしホームについても誰も乗り降りしない。この東北の外れをノソノソと逍遥するこの瞬間こそは青春キップの醍醐味だ。この旅には目的などはいらない。あすの計画もいらない。遠くに紫の山があれば、花咲く野があれば、流れる白い雲があればそれを追ってどこまでも旅をする。今日の昼はどこで食べたかをもう忘れる。車窓には酒、つまみはイカの足、そんな旅こそ最高の贅沢と思っている同士がいればいい。
駅から鍾乳洞までのタクシーは交渉次第である。当初5人乗りはないから2台で16,000円とのことだったが、優柔で粘り強い交渉の結果、2台で8,000円で成立。なんだか、誠実な運転手さんに申し訳なくなり、思わず釣りはいらないという言葉が出かけるところだった。
阿武隈洞は見事な鍾乳洞だ。入るときの1,200円の入場料は高いと思ったが、洞窟を出てきて安いと思ったほどだ。評価はこの一言で十分だろう。 鍾乳洞はどこも同じだと思うのは間違い。大きさ、深さ、段差、水流、石柱等で大きな違いがある。まだ、発見されて短い「探検コース」(+200円)が特に見事だ。薄明かりの電灯の下に、誰も来ない探検コース入口で200円を回収する人がこの陽もささない地底で一日中頑張っている。14度といつも一定温度とはいえ、「世の中はどうなっているか」不安にならないのかな。いろいろな仕事があるものだ。
宿は、冬枯れの丘を背にした2階建ての古い木造で、小さな村の分教場を思わせた。ともかく歴史は古く宿の前の石碑によれば、小野小町が入ったか、育ったかの温泉とかで、すべすべと、みんな一皮むけたように輝いたと思いたい。8,800円だから小野小町ほどにはむりだが。
入口の看板ではほかにも宿泊者がいるようだが、どういうわけか私たちだけ。夕暮れの街に地酒を買いに出る。駅を通り過ぎるとたちまち暗い夕闇の畑。6時には全くの静寂。宿は灯り出した黄色い電球の中に闇を恐れるがごとくに低くひれ伏す。ときたま通る車の音で静けさに気づく。まだ8時なのにまるで深夜。持ち込んだアルコールで内容は忘れたが話が尽きない。そとはもはや年の瀬の漆黒の闇。きっと、冷たい北風が吹いていることだろう。
【第2日】
宿の美人のおばあさん(小野小町の親戚ではないとのこと)がお茶を沸かしてくれていたが出発時刻に間に合わず、すぐに一番列車に乗る。日曜日とあってほとんど乗客はいない。昨日来た方向へ逆に戻るのだが、反対側に見る風景ははじめてのような気がする。
JRの「泉」という駅で降りると小名浜が一番近いという駅員の言葉に従って小名浜に向かう。本来は今日は福島から岩沼、相馬、いわきと大回りするのだが、簡単に小名浜を目指す。少人数の青春キップの旅はこうでなくてはいけない。泉から、バスで小名浜港に着いたが時間が悪く何もない。店はやってないし、漁の水揚げはないし、何もない。なんだか、天気さえ灰色の空をしてきた。知らない街を、やつれて徘徊する気分だ。
朝飯がまだなので、漁を終えた漁師さんに聞くと「そりゃ、あさひやだっぺ」「どこですか」「プラスチックのケースが置いてある隣だっぺ」すぐわかるとのことだったが、すぐにわからない。小さい町だから食堂は目立つ存在。と、プラスチック箱が二つ置いてある隣に、「木枯らし文次郎」が長い楊枝をくわえて肩で押しのけて出てくる暖簾、あの、古めかしい渋い暖簾が浜風にはためいているではないか。朝日や、まさにその食堂であった。
ガラガラと引き戸を開けると中の客が一斉に見る。漁を終えたばかりの屈強のおじさんおばさんが、酒を共にして静かに朝食の最中だ。お品書は、マジックで、なめくじ流に書いてあり定食580円。ストーブが真ん中。座敷ではおなじみさんがわからない言葉で食事をしている。積んであるスポーツ新聞は相当読み古されている。急速に遠くに来たもんだと実感する。もっそりとおじさんが注文を取る。
一番高いお刺身定食はマグロの本物の生で冷凍ではない。このあたりでは、インチキな魚は売れないのだろう。食事を済ませ見るところを聞くと、「そりゃ、展望タワーだっぺ」と全員一致。お言葉に従いぶらぶらと、この浜の高台にある「展望台タワー」に登る。タワーからは小名浜の港が足下に続いている。思ったより工業施設が多く、内陸にも大きな工場群が散見される。
この展望台に上る前に、変なおじさんに出会った。我々を見つけると遠くから駆け寄り、説明を始めた。なんでも自分がこの港の建築にかかわったのだそうだ。
説明によると、旧日本軍の軍艦4隻を沈めて今の防波堤を築いたとのこと。その軍艦は、終戦以来、引き揚げ船となり、さらに調査船となって、最後にここに沈められた、いや、鎮めれらたそうである。なんだか悲しい物語がこんな田舎の漁港に人知れずあったのだ。それにしても、あのおじさんはもし、我々が行かなかったら、本日休業状態になり、生きがいを失せたことだろう。知らぬ間に我々とて役に立っているのだ。
街は静かで、道は広いが人間はいない。途中、魚の干物を作っている現場に出くわす。元気のいいおばあさんたち5?6人で立ったままで魚を開いて50cmもある串に刺し天日に干している。珍しさも手伝い、見物していると売るという。市価の半値も魅力だが、製造元で新鮮であることが何よりだ。さんまミリン干し、ムシガレイ、イカの一夜干しなどなどを大串一本単位だ。お土産屋で買うのと違い、なんだか地元の人と直接かかわりを持てたことが楽しい。あの「ペッペ」という、浜通りの方言は温かい。
帰りの常磐線は茫洋としていた。満員に近い京浜東北線の乗客がみんな疲れきっているように見えたのは青春キップボケをしたせいか。 今年もなんだか根拠はないが、いい年だったと思う。
【教訓】
- 青春キップの旅は価値観を共有できる5?8名が最適。(食堂、乗り物、切符購入など)
- 計画は大まかとして、参加者で自由に変更する。
- 宿は、可能な限り辺鄙な温泉宿。「今月初めての客」というところを見つけること。
- 遠くに行かなくても非日常の世界が体験できることが第一。
- 低俗な観光施設には、可能な限り無縁が良い。
- たとえ大金持ちでも、貧乏旅行こそ、たぎる青春の特権とする価値観を大切にしたい。
- コースタイム:(着/発)
- 第1日
上野駅(/7:37)――水戸駅(9:36/)――偕楽園散策――いわき駅(13:05/)――常磐東線・神俣駅(14:02/)――(タクシー2台)――阿武隈洞見学――(タクシー2台)――小野温泉(16:30/)
宿泊:小野温泉「広太屋」Tel:0247-72-2819 8,800円
神俣タクシー(ばばタクシー)Tel:0247-78-3167 - 第2日
小野新町駅(/7:30)――いわき駅(8:00)――バス小名浜(8:30)(朝食)――展望台――市内散策(10:00)――(バス)――いわき駅(12:00)――水戸駅(13:00)――上野駅(15:00)――横浜駅(16:00ころ/)
- 第1日
- 参加者:孝儀、多摩江、善右衛門、恵美子、勝巳、以上計5名
- 費用:交通費JR青春キップ2日分4,600円、タクシー2,000円、宿泊8,800円、洞窟見学料1,200円、など約18,000円/人程度
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