No.215 津軽半島周遊の旅(2008.9.3--5)

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【リーダー総括記録 勝巳】

 2泊3日の今回の旅は、「大人の休日倶楽部」の格安運賃をフルに利用しようと画策したもの。期間が限定され、「こんなところも満員か」と驚かされる高齢者集団のパワーに加え、青春18キップの期間と重複して混雑になったらしい。それでも何とか、人の行かない辺鄙なところを求める健ハイ精神を発揮。天気には十分すぎるくらい恵まれ、ススキの穂も秋らしい北国の最果ては期待に十分応えてくれた。10人とういう最適な集団での快適な旅である。今後のこの種の企画にあたり多くの参考情報の収集ができた。

  1. 座席指定を含む切符の購入手続きもあって大変。伊久枝さんがこの面ではいつも大活躍。おんぶにダッコですっかりお世話になる。それにしても東北は思ったより時間だけは近くなっている。朝東京を出て、14時には鰺ヶ沢に着くのだ。本州の半分と思うと日本が急に狭くなったようにすら感じる。ここは、遠い津軽半島にいるのだと云い聞かせないと三浦半島にいる錯覚に陥るほどだ。
  2. 駅レンタカーで、孝儀さん、善右衛門さん両氏に運転をしてもらい事故もなく完走。運転者は疲れたろうが、乗っている残り8名は快適だった。やはり、津軽半島の最奥の地は公共交通機関がほとんど使えず、レンタカーなしでは時間ロスが大きすぎ周遊など困難である。加えて、どこに行くかの自由、その先のひなびた漁村の食堂で思わぬアワビ、ウニ、カニ、等のごちそうに恵まれ、道端の農家の売店でメロンを買い、2個もおまけに頂く幸運に恵まれたのも車移動のおかげ。その解放感は中高年の私たちの集団と北の岬に全くよく似合うのだ。レンタカーなしでは今回の旅は成り立たない。
  3. 竜飛に行くなら西海岸を行かなければいけない。小泊から先は「なんで何にもないの」の世界。初めの宿は恐ろしいところにあった。ともかく、周囲になんにもない。家はもとより、電柱も、何もない。あるのは潮騒と、背後の山の緑。一軒家のイメージを100倍した様な風景を思い浮かべてほしい。たどり着いた先にその民宿温泉はあった。出発にあたり道を聞いたのだが、「絶対わかる、それしかないから」と言われたが正直不安で、疑っていた。その宿では、リンゴ生産農家を接待しているジュース製造会社の人たちと一緒だった。皆で40%引きでジュースを11セット(330カン)購入。皆さんが作ったのなら、絶対良いものに違いないとの確信のもとで。
  4. ベンセ湿原なる不思議な池の点在する低地帯を過ぎ、もっと不思議な「世界的な出来島海岸埋没林」なるところに立ち寄る。車を置き、日本海岸の砂浜をさらに奥に歩を進める。はるか先に二人の青年が何かかがみこんでいる。こんな、人跡未踏の地で、人に出会うとは。聞けばなにやら難しい微生物の研究者。平たく言うと「南極の深い氷の底からサンプルを取り出し、当時の状況を研究するようなもの」だそうである。確かに海岸に数メートルの高さで黒々した泥炭層のようなものがあり、よく見ると木の樹皮が残っている。最近、約2万5千年ほど昔のもので、世界的にも貴重なものだということが分かったそうだ。それにしても、地味な青年たちだ。説明を請うと恥ずかしそうにボソボソと教えてくれた。このような人たちがいて私たちの社会は成り立っている。いい人に出会った。海鳴のどこまで続く最果ての海岸で世俗と離れて一心に研究する若者もいるのだ。
  5. 五能線は絶対「各駅」で行かなければならない。快速のリゾート号などに乗って五能線はわからない。本当は、自転車、徒歩でなければいけない。この海岸の寒村や、日本海に身を漂わせる本当の旅がそこにあるはず。旅は、遅いほど価値がある。
  6. 太宰治の生家、金木の家は豪農の館だ。私達は、少なくても訪れる以上は作品を読み返していた。それが太宰に対するせめてもの礼儀だろう。どんな時にも、真摯な態度は忘れてはならない。それによって私たちの旅から得るものは飛躍的に大きなものになる。
  7. 当初予定の「権現岬」は、山道が崩れ通行不能、無理に徒歩で行けば危険な道を6時間という民宿のおじさんのアドバイスに従って取りやめ。残念だが、危険は避けなければならない。何でも道の改修には22億円もかかり、手が出ないそうだ。でも、そんなとここそ行ってみたい衝動をやっと抑える。正解だけに残念だ。
  8. ウニや、アワビ、イカ、ホタテ、エビ、カニ等ばかり食べていると、コロッケが食いたくなる。貧乏性はどうにもならない。値段は東京の半分。新鮮さ、味は比べ物にならない。でも、かつ丼が恋しい。
  • 日時 2008年9月3日(水)--5日(金)
  • 参加者
    勝巳、才美、孝儀、善右衛門、恵美子、伊久枝、三貴也、美奈子、幸子、邦子、 以上10名

 

【第1日目】 9月3日(水) 曇のち時々晴  十三湖--出来島埋没林

(記録担当 幸子)

  • コースタイム(着/発)
    東京駅(/6:56)――八戸、青森経由――鯵ヶ沢駅(14:20/)――埋没林(15:40/)――十三湖(17:00/17:25)――青岩荘着(17:50)――夕食(18:40/)

Tsugaru_1.JPG 今回は「大人の休日キップ」を利用する初めての旅行で、期間は限定されますが新幹線、特急、座席指定が可能なのは嬉しい。

 東京駅発6:56「はやて1号」八戸行に参加者10名が乗車する。車内は休日キップの利用者らしい中高年の人達でほぼ満員です。10:03八戸着。10:15発「スーパー白鳥1号」函館に乗り換えー青森直通11:13着。 11:16発奥羽本線弘前行で11:55 川部駅に着く。駅に降り立つと雨が激しく降っている。無人の駅で商店もなく閑散としている。ここから五能線に乗り換えまで一時間弱時間があるので各々昼食をとる。雨も上がり川部発13:09の五能線に乗車、鯵ヶ沢に向かう。車窓に広がるりんご畑、稲穂が色づき始めた田んぼがどこまでも続く。14:20 鯵ヶ沢駅に着く。

Tsugaru_2.JPG ここからはレンタカーで移動する。予約済みのレンタカー会社の方と運転してくださる孝儀さん、善右衛門さんが一緒に車を取りに行く。14:50 レンタカー2台に分乗し十三湖に向かう。しばらく走ると道の両側には大豆畑が続き、すすきの穂がなびきすっかり秋の気配を感じる。15:20 道端で農家が出しているメロンの直売所に寄る。メロンの香りが漂い、いただくと甘くて美味しい。津軽のメロンは初めてで、熟すまで木になっているのは甘味が濃厚で一味違う。各々メロンを買い宅急便で送る。思いがけないお土産ができる。

 15:40 道路脇の看板を見て予定外の出来島海岸の埋没林を見る。出来島海岸は鯵ヶ沢から十三湖までの七里長浜という砂浜に位置する。海に向かって階段を下りると目の前に雄大な日本海と大砂丘が現れ、埋没林は大砂丘の絶壁の土中に約1kmにわたって約2万8千年前の針葉樹林が一瞬にして水没し、その根が水分により真空パックされたため腐らず長い年月をかけて海岸侵食され現れたものと言われている。近づいて見ると本当に黒い層の中に樹皮がそのままの状態で存在しているのに感動する。突然、先を歩いていたリーダーより集合の声があり急いで行くと二人の青年がおり、微生物の研究をしているということでリーダーが説明をお願いすると小さな声で話してくれた。地味な研究でしょうが何か発見できればと願いつつ、荒波が寄せては返す砂浜できれいな貝殻を拾いながら埋没林を後にする。

 17:00 十三湖に着く。十三湖は津軽半島の日本海岸にあり、海水と淡水が混合した汽水湖で岩木川の河口にある。面積は18.06km2、周囲31.4km、水深は最大で1.5mということで湖水は濁っている。夕方のせいか人影もなくひっそりとしている。日本有数のシジミの産地でもある。17:10 全長250mの木造の遊歩道橋を渡り十三湖に浮かぶ中の島ブリッジパークに着く。島は豊な自然の中にキャンプ場や、歴史民俗資料館、レストランなどがあるが時間が遅いため閉まっているので引き返す。

 17:25 今日宿泊の竜泊温泉に向かう。道の駅をすぎ国道339号線を海岸沿いに走る。走っていると海の色が夕日に映えて半分が真っ青に見えなんとも神秘的である。小さ漁村を通りすぎ民家もなくなり17:50 民宿青岩荘に着く。青岩荘は国道339号線沿いの海辺にぽつんと建つ一軒宿。玄関に入るや否や18:30 から夕食と言われ、取敢えず部屋に荷物を置き、温泉で汗を流す。お湯は無色透明で口に含むと塩味がする。丁度良い湯加減で肌もつるつるになり、窓を開けると海からの風が心地よい。食事は新鮮な海の幸づくしの魚介類でウニ、アワビ、鍋物、ボタンエビ、イカ、ホタテなどのお刺身に舌鼓を打つ。唯一のメバルの煮付けはお砂糖を使っていないと言うのに新鮮なものは薄味でも美味しい。甘エビを自分で焼いて食べるのは初めてで、殻も食べられると言うが食べられず残してしまう。20:30 リーダーより明日の予定の説明があり皆の意見で日の出を見に行くことになる。明朝5:00 車で出発という事で部屋に戻り波の音を聞きながら就寝。

 切符の手配をして下さった伊久枝さん、車の運転をして下さった孝儀さん、善右衛門さんお疲れ様でした。有難うございました。

 

【第2日目】9月4日 快晴 竜飛崎--斜陽館

(記録担当 邦子)

  • コースタイム(着/発)
    日の出見学(5:00/6:30)――入浴(6:30/7:00)――朝食(7:20/7:50)――青岩荘(/8:00)――竜飛崎展望台駐車場(8:30/)――階段国道入り口(9:00/)――竜飛崎漁港(9:10/9:45)――青函トンネル記念館(10:30/11:50)――昼食(12:30/13:15)――今別道の駅(13:30/13:50)――斜陽館(15:00/15:50)――鯵ヶ沢山海荘到着16:40――グランメール山海荘(17:00/18:00)――夕食(18:30/20:00)――就寝(21:00)

Tsugaru_6.JPG 宿の主人の予報どおり晴れている。4時に起床して車で15分ほどの眺瞮台と言う見晴台へ日の出を見に行く。山の陰から出てくる神々しい朝日を見て感激する。

 帰り道七ツ滝という七段の小さな滝の上まで登ると辺りは河原なでしこなど、が咲いているきれいなお花畑だった。 青岩荘に戻り朝湯に入る。とても気持ちいい!

 朝食を頂き8時に1軒宿の竜泊温泉を後にし竜飛崎に向かう。車が1台も走っていない快適な道路を走り竜飛崎駐車場に到着。本州最北端の灯台、日本海と太平洋を結ぶ津軽海峡の岬に立って見ると波一つない静かな海の向こうに北海道が見え、海峡の中ほどには朝、見晴台から見た竜飛漁港から戦列をなしてマグロ漁に向かっていた船が点々と見え、とてもきれいだった。灯台のまわりの遊歩道には野菊に似た紫色のチコリと言う花が美しく咲いていた。 岬の階段を下ると全国で唯一、人だけしか通行できない339号線の階段国道を竜飛漁港まで下る。途中の民家の前の狭い道も国道とは驚きである。

Tsugaru_3.JPG 漁師の家の脇には巨大なたこ漁のための網が沢山干してある静かな漁港を散策、ただ一軒ある小さなお店で加藤さんに鯛焼きの形のアイスクリームを買って頂き食べた、とても美味しかった。太宰治の記念碑の前で記念写真の後、港を一回りして又、階段国道を登り車道に出る。孝儀さんと善右衛門さんに駐車場まで車を取りに行っていただき、青函トンネル記念館へ、青函トンネルは24年間かけて世界に誇る大事業を成し遂げた、世界最長の海底トンネルである。実際にこのトンネルを見学できるとのこと、海底下140メートルにある体験坑道へケーブルカーで下り実際に作業坑として発掘されたところが展示場になっていて発掘に使われたいろいろな機械や写真が展示してあった。青函トンネルは全長54km作業員数1,370万人でこれは東北6県の1.4倍に当たり、死者は34名、負傷者は1,484名であった。

Tsugaru_4.JPG その後外ケ浜を通り、三厩の漁師の店で新鮮な海鮮丼と昨日農家の直売所でもらった美味しいメロンのデザート付の昼食を食べた後、今別の道の駅に立ち寄りお土産を買い求め、津軽平野の遠くに岩木山の雄姿を見ながらドライブ。

 3時に太宰治の生家である斜陽館を見学。この建物は赤レンガ塀に囲まれた赤い屋根の入母屋作りで、青森ヒバを多く使って明治40年に建てられた豪邸である。それから今夜の宿、鯵ヶ沢の山海荘に向かう。5時少し前にホテルに到着後女性だけで姉妹荘のグランメール山海荘と言う日本海に面した豪華なホテルへ送ってもらい、日本海を見ながら露天風呂にゆっくりと入る。入浴後ホテル内を案内してもらいテラスで日本海に沈む夕日を見る。今日は朝日と夕日が見られて幸せ!

 夕食はホテルに戻りホテルの前にあるじょじょ長屋と言うお食事処で新鮮な魚介料理を頂く。食後、鯵ヶ沢の舞の海の生家や夜の街を散歩し9時就寝。

 

【3日目】9月5日 晴れ 鯵ヶ沢--五能線からの車窓--東京

(記録担当 三貴也)

  • コースタイム(着/発)
    朝食(7:45/)――鯵ヶ沢駅(/10:56)――深浦駅(11:57/13:30)――東能代(15:23/15:35)――(かもしか4号)――秋田駅(16:22/17:09)――(こまち28号)――東京着(21:08)(解散)

Tsugaru_8.JPG 窓越しに空を見ると良い天気。先ずは温泉に入り目を覚ます。6:30男性4人は散歩にでる。10分も歩くと海辺に綺麗な「はまなす公園」があり、遊歩道の脇に横浜のベイブリッジを真似たと聞く橋が目に入る。"この橋は無駄"と思わせる。そこにはハマナスの花が夏を惜しむかのように真っ赤な実と一緒に咲いている。海辺には同年輩のお二人が釣りをしている。収穫はいずれも小さなフグと鯖でなんとも寂しいが、魚を釣り上げるその瞬間が楽しいと言っていた。フグは釣り糸を切るので天敵だと舗装された足元に投げ捨てられている。

Tsugaru_9.JPG  朝食は7:45からバイキング形式で鱒の塩焼き、のり、味噌汁他。食後は迎えのバスで高台にある姉妹荘「グランメール山海荘」に行き、お土産を買ったり、海辺の裏庭で歓談し10:30出発、鯵ヶ沢駅まで送っていただく。10:56発深浦行きの五能線に乗り、期待の海岸線の景色を楽しむ。昼食は深浦駅から迎えの車で「広〆」へ、深浦始発東能代行き電車の出発時間を考慮し全員「海鮮丼」をオーダー。あわてて駅に戻ると改札口前には海側の席を確保するため約20名が並んでいる。健ハイメンバーも海側の席を確保できた。終始沿線は海といい、田園といい穏やかな景色を見せてくれた。時間の都合で夕陽を見ることは出来なかったが、車窓一杯に広がる地平線に沈む太陽は期待に背かぬ景色を見せてくれるはず。荒れ狂う海と雪景色の冬季が素晴らしいと聞いている。何時かまたそんな機会を出会いたいと流れる景色を眺めていた。

 東能代駅からは東北新幹線で予定通り東京駅到着。この旅は予定していた権現岬は道が封鎖されているため登ることなく、美味しい食事と景色を楽しむだけの「旅」となりました。

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このページは、akirafが2008年9月17日 09:39に書いたブログ記事です。

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