(2007.5.17-20)
田舎体験雑感 (OK)
・身土不二(しんどふじ)とは体(身)とそこの大地(土)は一体不可分という意味で星雪館に飾ってある言葉だ。地元が主体で地域にある自然や食べ物を考え、作っていくことであり、そこでは「何がない」ではなく「何がある」との立場で行動する、あるもの探しが原点だ。食やエネルギーを他国に求める現代の崩壊した価値観を根底から考え直すというまさに一万年も続いた「縄文生活思考」への回帰の一端を経験することが私の田舎体験の目的であった。
・全国の就農者の50%は65歳以上で主力は70歳代だ。放棄されている農地は中国、四国の全農地に匹敵する。やがて人が消えて地域は荒廃する。食の問題は農業の問題であるのに状況は悪化するばかりだ。だからといって都市生活者が農業に挑戦することは困難を伴う。もともと農業をしていた農村のプロ就業者が、農業を離れていくという現状にあることが何よりもそのことを説明している。
・利益ベースでばほとんどの農家は破産状態だろう。仕事もせず、遊んでいるからではない。見込みのない設備投資を無計画にしているからだけではない。経営としての農業が国際競争下で完敗したのは戦後の政権政党が保守票田としてのみ農村部を利用し、過保護農政に徹したからだろう。農村は二重の意味で被害者である。先行きも自立も出来無い状態に陥らされていることと、抜け出ることのない崩壊のスパイラルでだ。
・地域や産業による格差は不安定な社会を創りだす。都市部と農村もその深度が高まるだろう。イタリヤは南北対立で地域独立運動があるし、中国の都市部と農村部の差はいまや国家的問題である。幸い日本は言語、人種などの同一性により他国よりこの種の問題は少ないが、農村の現状は、都市部の低所得者の経済格差以上である。それは抵抗ではなく年齢構成や人口減少という無抵抗の抵抗という形で現れている。
・団塊の世代の農村帰営というマスコミ受けのテーマでは農村問題も環境問題も不足だ。私達の生活姿勢にも問題がある。都市生活者はほとんど農村に関心を持っていない。食や環境問題は自然に誰かが手当てしてくれる程度の問題認識しかない。
・今回はせめてもその現実の一端を垣間見たかった。
農家の老人達は雨の中夜明け前から用水の見回りをし田植えに備えていた。草取りや、水路管理や耕運機や、苗植器具の手入れに追われていた。明け方の雨の中で犬を連れた老人は、鶏が昨日12羽も狐に殺されたと厳しい環境の生活を語ってくれた。
それに比べて夜遅くまで農村問題や環境問題と程遠い酒の上の声高な世俗の会話で何を体験したのだろうか。田植えか、水路管理か、雑草取りか。農機具の操作なのか。泥の中に足を入れないで農業がわかるのだろうか。せっかくの幹事の苦労も、秋田にまで来たことの意味も薄れないか。
・そんなことを降るような天の蛙の声の中で考えていた。
感想文 (ATm)
私には、田舎が無いので西木町での「田舎体験」は未知の世界へ踏み入ることである。先ず、目の中に飛び込んで来たのは水が張られた水田が山の際まで続く景色である。何処までも空気は澄み渡り、緑に溢れるここでどんな生活の営みがあるんだろうか。楽しみで胸がワクワクする。私は星雪館さんで4日間田舎体験する事になり、門脇さん夫妻、娘さんと対面した時、その人となりがお顔に出ていた。本当に素朴で、温かい人柄を見て取れたのだ。改めて、4日間が非常に楽しみに思った。生憎の雨で社会参画の計画が不消化で終わってしまったが、自然と共生しながら自給自足に近い生活をされているのを見させて頂いただけでも充分だった。上下水道が100%普及している事を考えても、いかに自然環境を大切にしているか理解できる。人間としての原点を、理想を見る気がした。この次は、自然の中や田畑での作業を通して西木町の皆さんの心に近付けたらと思った。
田舎体験を振り返って (OE)
いつもの事で私は深い考えもなしに、ただ色々な体験が出来ると心うきうき軽い気持ちで出発してしまいました。
楽しみにしていた玉川温泉岩盤浴、一度行って見たかったのと体験してみたかった。興味本位で行ってしまいました私は本当に愚かでした。そこには真剣に「病」を治そうとしている人が、毛布を又シートをスッポリと身体に巻いて湯治している人を間近に見て申し訳なく思いました。
私もあっちが痛い、ここが辛いと愚痴ばかり言って自分の病気に対して軽く考えていた自分が恥ずかしいばかりです。心を引き締めて気をつけたいと思います。健康ならば元気で働ける、今回お世話になった民宿星雪館。私にも出来そうな料理を作って、お客様とお話をしたり手相占いをしたり、鶏を飼って、椎茸など栽培して山に山菜を取りに行ったりと、むずかしい事は出来ないけれど民宿経営なら、そんな気持ちで一杯になりました。
星雪館の奥さん、娘さん、チョイトシャイなご主人この方達が良い人だったからかな、こんな気持ちなったかもしれません。山菜気まぐれパックを注文して、一つ、一つ調理方法が書いてあったので、作ってみました。でも星雪館で食べたおいしさにはなりませんでした。
私の次の参加できる柳生街道の旅まで足腰を鍛えてリハビリを頑張ります。
「田舎体験」に参加して (OM)
この様に綿密な計画を立ててくださったKHさんに感謝申し上げます。
ツアーや個人では得られない非常に貴重な体験でした。今回、体験したいと思ったことは三つあります。
1.玉川温泉 2.いろりの民宿 3.箱膳での食事
2と3は想像と余りかけ離れていませんでした。1の玉川温泉、特に岩盤浴の体験は私にとって、かなりのショックでした。
たまたま私の隣のおじさんに声を掛けたところ、「膵臓ガンの第4ステージで、6か月の化学療法をして今調子が良いので、この岩盤浴に掛けている所ですが、もうダメなんですよ」と淡々と話されました。少し小太りで、ニコニコ顔でこんな話しをされることが、二重のショックでした。今ガンは死亡三大疾病に入っています。あの人も、この人もと言う状況で、明日はわが身かと感じていますが、この人がここまでの心境になるなるまでどんな葛藤があったかと思うと…。たまたま私がケアマネージャーとして担当していたご利用者の女性の方が甲状腺ガン、全身転移で55歳の若さで5月5日に亡くなりました。この方の壮絶な闘病生活を目の当たりにしていただけに、胸が詰まりました。
今、私はたまたま健康と思いますが、不運がいつ自分の身に、家族の身に降りかかるかもしれないと思うと、毎日毎日を大切に生きようと感じた田舎体験でした。
社会参画 農業体験報告 (OS)
「田植えはしてきたか?」 帰宅した旨挨拶した時の老父の第一声である。留守宅用の計画書を渡してあった。「そうか一。」 改めて社会参画、農業体験というテーマが思い起こされた。
分宿、天候のこと、現地での調整。すべての計画が実行に移されないことはどんな場合でも起こりえることではあるが、私自身の中で目的意識が希薄になっていたことをまず反省させられた。しかし農業体験と結びつかないかもしれないが、この4日間で唯一得たことの感想を記しておきたい。
農業の元は土。だから土に触れてみる何か一つでも実感できなかったものかと残念に思うが、しかし宿の方々の心遣いは十分に有難く別な方面から啓発をさせられた。
私達は迅速に、簡単に求める結果が手に入ることを快適な日常とし、良しとしている。しかし、もしかしてこんなことは裏側からのぞいてみると羽毛のように軽い、危ない一面を内蔵しているのではないか。この地の人々は自然の恵みを有難くいただき、長い時間をかけ無駄なく生かしていく生活を日常としている。芯が一本通っていて骨太く、地に足をズンと踏ん張っている感じがした。そして意外にも、「何でも試してみようよ」という藤井さんの若々しい発想。
斬新なアイディア、工夫(民宿業としてのノウハウ、婦人会での研修?)即席ではない自家製の食材(米、野菜、味噌、梅干、前の川で獲れる魚)食材と調味料のコンビネーシヨンの妙、常備菜の種類の多さ、多分無添加の料理は後味が自然でご馳走を食べた後の喉の渇きは感じられなかった。お膳のたびごとにあれこれ質問しては感じ入っていたものである。特にあの梅干の味は忘れられない。梅干からフルーツの香りがするのだ。
作り方は熟し梅をお盆(8月15日)前の15日問塩水に漬け(塩の濃度は秘密らしい)お盆になったら新聞紙に上げ赤紫蘇と共に干すとのこと。
村の方からは農業政策の矛盾点、高齢化する農村、依然として嫁不足に見られる家族問題、地域における協同、作業、祭礼など農村の抱える深刻な現状をうかがったが、それらは私たち都市周辺の人間と共通する間題でもあると思った。
金峰神杜への道で時折出会う人や田で働く人は大概が老人で、村は静寂そのものであった。
時節柄の代掻きは機械がしていたし田には水が満々と満たされ、すでに柔らかく風に揺れている青田もあったが、田で仕事をしている人々にとって私達一行は突然紛れ込んできた旅人としか写らない。話しかけることは憚られた。田へ流れ込む水の速さはどれくらいか、畦道はどんなになっているのか、堰はどこにどのように工夫されて作られているのか。
時折り蛙の遠鳴を聞きつつ広大な田面をボーと見やるのみであった。
幹事さん、難しい計画さぞ大変だったことでしょう。ご苦労さまでした。
泰山堂の皆様、お世話になりました。お土産にいただいた野草きっと来年も良い花を咲かせることでしょう。
「田舎体験」に参加して (KI)
社会参加施策の一つである田舎体験に参加したが、自分なりの確かなテーマも持たず安易に便乗してしまったので、報告としてまとめるほどのものはなく、山行とは異なる面白い企画を楽しんでしまった感が強い。
ただ、個人的に少し心にかかっていた“環境を考える糧‥‥”については、思っていたより周辺歩きができず、田園風景を満喫するだけに終ってしまいそうであったが、マタギの門脇氏の話を聴き、自然界の生き物や生き方に対する古くからの掟のようなものは、単に自然を相手にする人々だけでなく、我々一人一人が心掛けることにより環境保護につながっていくのではないかと思われた。
そしてまた、それは人間らしく生きていくための知恵が詰まっており、徐々に日本人が置き忘れてしまった美徳の一つでもあるような気がしてならなかった。
このようなことを何かの形で社会に伝えていく方法をさぐるのも一つの活動なのかもしれないとも思った。
(余談ではあるが、この時生れて初めて口にしたクマノイ=熊の胆の苦さと臭いはハンパではなかったが、よい体験でした)
今回は季節も幸いにして緑が美しく、とても目が休まったし、耳も疲れず‥‥と、本来の人間の五感が呼びさまされるような爽快感が持てたことは幸いでした。
テーマなしの雑感になってしまったが、我々健ハイの目指す社会参加はどんな形で実行するのが一番ふさわしいのか、何がいいのかなど、いくつかの課題や提案が少し見えて来たような気もする今回の体験でした。
泰山堂の畦道を思い出しながら
『社会参画』を再考する (KH)
泰山堂の玄関先に立って、果てしなく広がる水田に目を遣ると、500m程の長さに亘って畦道が延びていた。そこには、何時も直市さんの姿が一人あった。
この地域では、主たる者が病気になって「家」を絶やさない為に両本家制という仕来りがあるらしい。そして、畦道に草が茂りだしたら「あの家は滅びる」、と風評が立つと言う。集落のそこかしこに温かいものを感じながらも、生きる事の大変さを、再認識した『田舎体験』であった。
こうして、2007年度上半期に掲げた社会参画の具体的な施策は、体験という程度のものであったにしろ一区切りが付いた。そして、ちょっと立ち止まって次へのステップを考えてみた。OKさんの方針展開には
「出来ないことはやらない、出来ることを見つけ出し挑戦する」とある。
が、一区切り付いた日より、私の頭の中は限りなくブルーになりだした。どんどん、「出来ないことはやらない」方向に追い込まれていった。
泰山堂のご夫妻は、立ち止まる事はないであろう、直市さんが、朝晩に畦道の草を刈るのも、けい子さんが「何とかなるでしょう!」と知恵をだし続けるのも、「生きる」と言う目標にたいして、絶対的な手段だから。
対して、私達の「生きる質の維持向上」を目標とする、手段としての『社会参画』は相対的な性質の様に思う。もともと「生きがい」とは個人的なもので、十人十色の生き方があるのという。この本質を見抜かないと・・・・
「何か、空しい結果になるな~」、と、進退窮まっていた時、次の詩を目にしました。紹介します。
途中で足踏みしたけれど そこでしかわからないこともある
全て、きちんと 白or黒―結論付けて進もうとすると―
どこかで、無理しているもの・・・
すると―そのうちに・・・はりつめてた糸がプッンと切れ
心も、しぼんでしまう
そうなる前に、1つの道に、2つの方向 2つの方向に
また、それぞれ2つの方向 時には、今来た道を
少しだけ戻ったりしながら また次の、
新しい道をたどって行けばいい(完)
どうも、「十分」を求めて自分自身を追い込んでいたようだ。6月の例会には肩の力を抜いて、「出来ることを見つけ出し挑戦する」事を俎上に載せたいと思う。
人の温もりを満喫した『田舎体験』 (KF)
北への旅。何時も新鮮な昂ぶりを覚えます。今回は、農家の人々との出会いで、心に残る思い出を作りたい!それが私のテーマでした。
西木町。事前知識として、多分、東は田沢湖から乳頭の森に至る広大な山麓に接し、西は、また広い山域があって、その何十キロ先に秋田市がある・・・
その狭隘な道筋に点在する地味な集落を想像しておりました。
だって、泰山堂の奥様が、主人に「何もない所だから、期待しないでよ!」と、言っていたのですから。
しかし、「日本にも、こんなに良いところが在るの!」と感動致しました。人の温もりが、そこかしこに有るのです。
天候に恵まれない4日間の滞在でしたが、その中で、私達に楽しんでもらおうと、一生懸命に配慮して下さった泰山堂の藤井さんご夫妻、星雪館の門脇さんご夫妻に感謝の気持ちで一杯です。
雨がしとしと降る田園を背に、お話を頂いた佐々木様の事が懐かしく思い出されます。本当に、気さくにお付き合いを頂いたご好意が嬉しいのです。
でも、お話を聞きながら『農業経営の難しさ』を知識として理解しました。
マタギの門脇さん。自然と共存する知恵の事を語ってくださり、それが、あの山域の温もりに継承されているのであろう、と、今思い至るのです。出来る事なら、春夏秋冬の季節の中で、もっとお話を伺いたいと思います。
三日目の村内散歩では、畑仕事をしている村人も、庭先で草を摘むご老人も皆、私達の声かけに何の不審も抱かずに受け答えをして下さいました。極めつけは、豪邸建築中のご夫婦の器量の大きさ、オズオズ入る私達・・・
「どうぞどうぞ」と中までで見せて下さった奥様。とにかくおおらかなんです。
人柄の良い人々に接し、気持ちが豊かになりました。古いお話を聞きながら、そして、日本の原風景に接しながら、また新しい自分になったように思います。
田舎体験に参加して (KK)
健ハイ初めての田舎体験で感じたことは、人は自然の中にいることがどれだけ癒されるかということを痛感しました。雨のため、色々な体験が出来なかったことが少し残念でしたが、美味しい心のこもった山菜料理を昔懐かしいお膳で頂き、とても良かったと思います。
玉川温泉での岩盤浴は私には少々考えさせられることがありました。翌日の乳頭温泉卿の孫六温泉や鶴の湯での新緑を眺めながらの露天風呂は最高に素敵でした。また、訪れたいと思います。
この次は、車ではなく、青春切符のごとく田沢湖線や、秋田内陸鉄道などのローカル線に乗って旅をしてみたいと思います。
「星雪館」その後 (HK)
5月22日「山野菜の気まぐれパック」が届いた(送料込み3000円)。入っていたのは7種。ほうれん草、わさび、独活、ぜんまい、しどけ、アザミ、ウワバミソウ。それぞれに調理法のメモがついている。
アザミの葉に触るとちくちくと痛い。天ぷらにしたら上あごに針がささり、しばらく取れなくて往生した。
わさびを密封してもんだ後、袋の口を開いたとき、ツーンとした芳香がただよい、目がシパシパした。花は刺身のつまに。
ウワバミソウは、食べすぎたヘビがこの葉を食べたら、たちまちおなかがスッキリしたという葉で、癖がなく、たたくと粘りの出るものだった。
ひとつひとつ首っ引きで調理してみたが、やっぱり星雪館の「お母さん」が作ってくれたものが、あたりまえだどもうめかったなー。
村の長老(?)や、またぎさんの話には、その生活の中からにじみ出てくるものがあり深く感動した。農村の喜びや苦労が思われて、目を見開かれる思いだった。多分私たちと同年輩と思われるが、生き生きとして明るい。
そして「老後はのんびりと田舎暮らしを」なんて、安易に言ってはいけないなと思った。
「田舎体験」春まだ浅い秋田県西木町へ (YS)
昨日の晴天が嘘のように今日は朝から雨模様。
6時、マイクロバスで農家民宿「泰山堂」へ向かう。八番平を経て田沢湖畔に入るにつれ、芽生えたばかりの新緑に心が洗われる。
降り続く雨の中、玉川温泉に着く。早速「岩盤浴」に出掛ける。そこは温泉地内に地熱のある岩場があり、その上にござを敷いて寝るととても熱く5分として同じ姿勢ではいられない。向きを変えながら浴びる。続いて少し離れた温泉に行く。万病に効くといわれる強酸性泉質の温泉と聞いていたので不安だったが、刺激もなく普通の温泉とかわりなくさっぱりしていて安心する。
岩盤欲で出会った方々の、身体に対して真剣で病に負けない明るい表情に感動する。
門脇さん、マタギ(猟師)のお話
まず、マタギの講習を行っていること。例えば火の起こし方、藤蔓で担架を作る。生水は飲まない。山菜は全部取らない。風を見て状況を判断する。12月12日は山の日なので山には入らない等、昔のしきたりを今も守り続けている。大らかな人柄で方言を交えながらのお話に聞き入る。
最後に熊の胆の粉末をほんの少し嘗めさせてもらうと強い苦味にびっくりする。門脇さんが5~6年前に仕留めた熊のもので宝物のように大切にされている様子が伺える。
佐々木さん(村の知恵者)のお話:冠婚葬祭、村の今昔
結婚式、お葬式も昔は各家で「仕切りお婆さん」を中心に行っていたが、現在はどちらも式場を利用している。この傾向は都会とほぼ同じようである。違ってきているのは農作業が田植えから刈り取り、脱穀まで全部機械になり、農機具の多様化で経済的な負担が大きい。
また、農家のお嫁さん探しが難しいので子どもの姿が少なくなったことなど、深刻な問題を抱えている。一方、この町でしかできない自然を生かした農家民宿、農業体験など積極的に町おこしを実行している。
乳頭温泉郷の孫六・鶴の湯で雨の温泉三昧に浸る。
鶴の湯の露天風呂は乳白色が濃く少し温かめなので首まですっぽりつかる。笹の葉が下に沈み動くと足に絡んで浮いてくる様子は正に露天風呂である。
雨で農業体験、山菜取りが中止になり、泰山堂の奥様のお勧めで、田沢湖の梅沢にある金峰神社に出掛ける。鳥居をくぐると苔むした石畳の参道には樹齢350年以上の秋田杉が空を覆い、時間が止まったかのような静けさ、神社の前の巨木は何百年もの月日を風雨に耐え、今もなお、意気揚々と聳え立つ姿に人間の儚さを感じる。
のどかな田んぼの畦道をのんびり皆さんと歩いたことは、いつまでも心に残る。
泰山堂でのきりたんぽ作り、ちょっと風変わりな梅干の漬け方(塩水を作り、その中に少し熟れた梅を入れる)など、是非、試してみようと今から楽しみにしている。
今回は健ハイにしては珍しく連日雨にたたられたが、囲炉裏を囲んでの食事、炭火の温もり、どこまでもどこまでも続く水田、蛙の声、新緑のブナの林、一斉に咲き出した花々など、ここでしか見られない風景に出会え、舞鶴草のお花をいただき、岩盤浴の体験など充実した田舎体験に感謝している。